皆様こんばんは。
今回の記事はほとんど前回(前日分)の続きですが、交流の場にあまり顔をを出さなくなった真意について、書きたいと思います。
僕はここ数年、事務職の仕事、中でも機密情報を扱う場面も多く、それがゆえ名刺もないなどの背景から、交流の場に出る機会を減らしています。
事務職の仕事をするようになってから、交流の場に顔を出してもお互いの自己紹介となると、「なんだ、事務職かぁ~」と返す言葉に困惑する方も実際多く見ています。はたまたその一言で「つながるメリットがない。」とみなされ、その後相手にされなくなってしまうこともあります。
確かに事務職となると、ビジネスの話はできたとしても、ビジネスチャンスが広がるわけではないかもしれません。そういう場で歓迎されないのも、無理ないことかと実感します。
その結果、そういう場に行っても自分の居場所がないとなってしまい、結果としてそういう場に足を運ばなくなった、といったところでしょうか。もっともコロナ禍後は呼ばれること自体、激減しています。
それでもライブやコンサートであればまれに行くことがありますが、その際も演奏が終わるとここ最近はそそくさと帰ってしまうことが多いです。コンサートやライブに至っては、コロナ禍後は「動画視聴」というメニューも登場するようになり、そのメニューがあるときはなるべくそちらを選んでいます。
僕が事務職を選んだ経緯として、営業が向いておらず、一度も営業の仕事をしたことがないのはもとより、もともと人づきあいが得意ではなく、なるべく人と接しない仕事の方が自分の性に合っていた、という事情もあります。
また交流の場にあまり顔を出さなくなったのは、上記の件もそうですが、結局は会話が続けられなかったり、それがゆえマナーの悪い人物がいると何とかしてと言われたりと、そういうのに辟易した、というのもあります。またそこで交流が生まれても、最終的には「いいところどり」された挙げ句、友達解除に至る、というケースが少なくなかったことも要因のひとつです。
仕事面に於いては、僕は自ら「窓際族」と名乗ってしまうほど、仕事ができるほうではなく、その分隙を生み出してしまうことが多く、結局「都合のいい人間」で終わってしまうことが多かった、というのも、今の仕事を選んだ経緯に至ります。
ビジネスには人と人とのつながりが必要不可欠、と言われますがそれは誰に対しても当てはまるものではないもの、そのことは認識しておく必要があるのかな、そんな気がしています。
僕は現状人付き合いは多くはないけど、辟易してしたり、搾取されたりになってしまうくらいなら、たとえ午郎微差されても、僕は人として堅実に生きていきたいです。