受験と同じ感覚で就活し、就職した末路。 | あっちんのブログ

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皆様こんばんは。

 

これまで何度か書いてきたように、僕は受験と同じ感覚で就活していたところがありました。今回はそれで就職するも、繰り広げられた末路について書こうと思います。

 

当時の僕の就活は就職することそのものがゴールな訳ですから、就職できたそのものの状況にあぐらをかいてしまった側面がありました。仕事に対する姿勢についても、学生時代の勉強と同じように考えてしまう部分が出てきていました。だからということではないのですが、結果的に仕事さえこなしていればどうにかなると思い込み、会社に貢献できるようなことはなにひとつできていませんでした。それなのに人事考課の時、自己評価は高く、よく上司に注意されていました。

 

とあるサイトには仕事はできても報・連・相ができていないだとか、受け身だとすると評価されることはないと書いてありました。

 

僕はといえば、仕事ができない人間であることは自覚していました。ただ仕事ができないならできないなりに、報・連・相はきちんとするようにしていました。そこは「そこまでバカ正直に言わなくてもいい。」と言われたほどでした。しかし仕事に関しては、これまでにも書いてきたように、僕は就活そのものが受験の延長だったので、受け身になってしまっていたところは確かにありました。また僕は大学院を出ていることを鼻にかけてしまっていた部分がありました。そういうのが「成果を出していないのに自己評価だけは高い」と言われる要因になったのだろうと思います。

 

僕は仕事ができない自覚はあったわけだから、それでもできることをしよう、という考えは持つようにしていました。そのひとつが前述していますが「報・連・相」でした。けれどもそれはできて当たり前のこと、それだけで評価されるのはなんか違う気がしていました。たとえ「報・連・相」をきちんとしていても、会社に貢献できていなかったのは事実だったのですから。

 

そしてある日僕は「リストラの候補者」に入れられてしまうわけですが、そこでは意見が分かれることになってしまったのです。丁度当時、僕はリストラを予期してSNS上のインフルエンサーを目指していたのと、知人からスカウトを受けていたこともあり、結局その会社を辞めてしまったわけなのですが、この時の気づきと言えばやはりどんなに仕事ができなくても誠心誠意仕事をすること、報・連・相をきちんとすること、それは大事と思いました。また僕が「リストラ候補」になっても、それを回避しようとしてくださった方がいたことは、忘れずにいようと思います。