会社で評価をする人がいないとどうなるか。 | あっちんのブログ

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皆様こんばんは。

 

会社での評価というのは非常に重要なもの、出世にもつながっていきます。

 

しかしその評価者が誰もいないと、出世が厳しくなるのはもちろんのこと、下手をすると何をやっても努力が水の泡、ということにもなりかねません。何をやっても無駄という状況になると、それは見放されたことにほかなりません。

 

しかしながら「評価されなくなる」きっかけというのも、当然ながら存在するものです。そのきっかけは一言多かったり、凡ミスが多かったり、やはり何といっても成果が出せていなかったり、様々だろうと思います。評価されなくなると仕事が与えられず、やがては「社内ニート」と化し、必然的に「給料泥棒」と後ろ指さされることにもなりかねません。そして一度そういうレッテルを貼られてしまうと、目を見張るようなよほどの成果を出さないと、評価してもらえない可能性も出てきます。実際僕もそうでした。僕の場合は自分の置かれている状況は把握していたものの、とびきりの成果を出せるほどの実力はないことは認識しており、これが後述の展開につながりました。今思えばそれでもめげずに努力を怠った、というより現実逃避しようとした僕自身が一番悪かったわけなのですが。。。

 

そうなってくると、その会社に居づらくなる、というより居ても仕方がないという展開になってきます。いくら日本社会では「同じ会社でずっと働く、その会社で頑張る。」ことが美学とされているとはいえ、そこから抜け出さない限り自分が成長できないと判断したのであれば、英断も必要になってきます。

 

ちなみに僕は「窓際族」のレッテルを貼られていることに気が付いていたこと、そして最終的には左遷されてしまったことがきっかけで、脱サラを決心しました。そもそも僕は異動が多かったり、それがゆえ評価者がコロコロ入れ替わるため何年たってもヒラだったり、という状況を考えると自分はその組織では期待されていない、言葉を悪くすると「いてほしくない人間」なのだろうと痛感していました。

 

普通であれば転職を選ぶところだろうけれど、あえて僕がそこで「脱サラ」を選んでいるゆえんは、別の会社組織に行ったからとそこで評価される保証がどこにもないこと、また別の会社組織に行ったところでこれまでの成果を見られ、何もない人だということが判明してしまうと、結局同じことの繰り返しになってしまうからです。これは後日別記事にしますが、実際僕は五年前に脱サラしたのち、正社員としての再就職を模索したことがありましたが、うまくいかなかった、ということが実際にありました。

 

僕は自分に何もないこと、何ができるかわからないことに気が付いていましたが、どうすればいいのかわからず、ずっと右往左往していました。それも今年の春、資格を取ったことや、これまで外出を控えていた間、様々な動画を見たことで、いろいろなことに気づき、考えが変わり始めました。確かに人の評価は大事ですが、結局最後は自分でしかないということを今改めて実感しています。