冗談には本音が隠れている!? | あっちんのブログ

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皆様こんばんは。

 
冗談と一口に言っても、軽く済まされない場合があります。場合によってはとんでもない意味を持つことだってあります。今宵はそれについて書きます。
 
例えばそれは職場での冗談です。軽はずみの冗談がパワハラやセクハラに抵触してしまうのはよくある話です。この辺は定義が難しいから、何とも言い難い側面はあります。
 
冗談というのは普通真に受けるものではないわけなのですが、時としてそうはいかないときもあります。例えばそれが冗談の中に、実は予告の意が込められていた、ということだってあるのです。
 
僕の場合はサラリーマンだった頃、冗談混じりで遠回し的に、いなくなってくれるとうれしいんだよね、というような印象づけをさせられるようなことをよく言われました。僕はそのとき軽く流しましたが、万が一の事態を考えておく必要があると思い、Facebookで友達の数を増やし、交流会にも参加して、人脈づくりを始めるようになりました。
 
しかし今度はいろいろな人たちに会ったり、週末に交流会を主催したり、などの行為が今度は反感を買うようになり、一部では変なうわさも流れました。
 
それが高じて、僕は会社内での居場所を狭めることとなり、二年前の秋には定年間際の方々とともに新規事業立ち上げの部署に配属されるも、半年でお払い箱となりました。その異動宣告の際、リストラの候補に入っていることまで告げられました。
 
僕はこのとき、冗談って軽く流していいときとそうでないときがあることがある事実を知りました。自分で撒いた種とはいえ、取り返しのつかない状況に追い込まれたことも悟りました。現にリストラの候補に入っている事実を告げられたのですから。それと同時に日々の積み重ねは評価どころか、事実上のリストラ宣告につながることだってあるのだなということも、そこで知りました。それだけ冗談の本音って恐ろしいものなのです。
 
その構造を知った僕は、それまで以上に交流会に行く機会を増やし、さらに平日休みになる機会も出てきたので、それを利用し、ランチ会に行ったり、知り合いの方の仕事をお手伝いしたりするようになりました。すなわち悪い冗談ばかり言う会社に見切りをつけ、脱サラの道を模索することにしたのです。
 
その判断が正しかったのか間違っていたのかは、日を改めて記事にするとします。
 
今回あくまで伝えたいのは、軽はずみな冗談は時として、人の人生を左右することがあるということです。