「三従」という言葉がある。
女性は結婚前は親に従い、結婚後は夫に従い、老いて夫の死後は子に従う、という意味らしい。
古い古い価値観だと思うけれど、かつて女性が自立して生きていくのが難しかった時代にはこうするしかなかったのだろうと思う。
私の母がまさにそういう生き方をしているのだが、彼女が特別にそういうタイプというわけではなく、年代的には一般的なことだったのだと思う。
子供の頃は母のことを鬼のように思っていた。
怒鳴る、殴る、無視する、閉め出す、今では虐待と言われることを大体はやっており、私の全てを否定した人。
父やママ友の前では良い母親を演じて私にも微笑みかけてくるが、後から仲の良い親子の芝居をできなかった私を叱る人。
そんな鬼のように見えた母親でも愛されたくて、ずいぶん長い間あきらめきれずに好かれようとしてきた。
親子なんて血がつながっているだけ。
血は絆ではない。ただの生物学的なつながり。
長い時間かけてそう諦めてきたけれど、今になってとても切なくなることがある。
あんなに鬼のように見えた母が、最近は小さくなり、人を罵る勢いもなくなった。
たまに義務として実家を訪問する私にも弱気な笑顔を向けてくる。
手を差し伸べたほうが良いのだろうかと迷うものの、また拒絶される悲しみを経験するのは嫌だ。
せっかくあきらめたのに、また辛い思いをしたくないから距離を保ちたい。
でも目の前の老人は年々小さく弱くなっていく。
いっそのこと死ぬまで私を罵り続けていてくれたら良かったのに。
そうしたら心はざわつかず、義務として世間的に普通と思われる見送り方をしてご縁を終えることができるのに。
父の遺影の後ろで小さな黄色い花が揺れた。
誰もいないし風もない。
もしそこにいるのなら、私は何をしたら良いのか、どうしたら良いのか教えてほしい。
父も母とは違ったタイプの鬼だったけれど、責任感は強い人だった。
あなたが思っていたより早くこの人を置いて逝ったのだから、最後まで導いてあげてください。