「みなさんもご存知の山岡千歳さんですが、自殺でははく他殺と判明しましたので報告させて頂きます」
長イスに座る院長夫人、亘、多村清は各々に驚きの表情を浮かべ固唾をのんだ。
中でも亘は、先日のBenvenuteでの会話があるため、自身の左に座る多村清を警戒している。
逃げようものなら、取り押さえる準備ができている風だ。
「千歳さんはテトロドトキシン入りのカプセルを服用し、自宅ベッドで亡くなりました。
自殺と認定された理由は、千歳さんが常日頃から遺書を書き置いていたからです。
高校時代、人間不信に陥る程の裏切りを受けた千歳さんは、20数年間、相手を恨みそして死を見つめて生きていました。
ご両親はそれらの事情を承知しておられます、ですから余計に、この度の死が自殺と勘違いされてしまいました。
人間は1度思い込んでしまうと、他の意見に耳を貸さなくなります。
これは担当した捜査員のミスです。
同僚として、お詫びせねばなりません」
秀美が頭を下げると、
「だから何です?
なぜ私が呼ばれたか、それが知りたいですね」
多村清が発言した。
「多村さん、あなたは千歳さんが自殺なさったと聞いた時、どう感じましたか?
自殺の要因が自分にあるとは思われませんでした?」
「馬鹿な。
あなた、自分が言ったことを忘れました?
山岡さんの死は自殺でなく他殺と言いましたよね、それならどうして自殺の要因が私にあると?」
多村清は憐れむような表情で、秀美へ顔を傾けた。
「面白い方ですね」
秀美は口角をあげた。
亘が七条工務店の対応に苛立つ意味を、なんとなくわかった気がした。
会話が噛み合わなければどうしようもない。
多村清だけでなく、七条工務店のスタッフは皆この調子なのだろうと推測できる。
「どう言う意味です」
多村清は静かに青筋を立てた。
「千歳さんの死は、他殺です。
自殺ではありません。
しかし、今私がその事実を申し上げるまで、多村さんは自殺としかお聞きになっていなかったでしょ?
脇坂眼科の内装リフォームにより取り付けられたエアコンの悪臭問題で、多村さんは骨を折られた。
千歳さんのランチタイムにまで押し掛け、苦情の却下をお願いするほどに」
多村清が睨みを利かせてきたので、秀美は真正面から受け止めた。
だてに刑事部の捜査員をしていない秀美は、威圧になど負けやしない。
「千歳さんはお金を積まれても黙る人ではありません。
納得のいく説明がない限り、頭を縦には振らない。
このまま悪臭が続くようなら、医院を辞める覚悟でした。
そうですね、奥さん?」
急に話を振られた院長夫人は、瞬きをしながら頷いた。
「そんな状況下で、千歳さんが自殺したと聞いて、良心が痛みませんでしたか?
頭痛に吐き気、めまいなどの症状を訴えられていたそうですね。
それらの苦痛が原因で自殺したのではないか、心配になりませんでしたか?」
「下らない。
エアコンの悪臭くらいで自殺されちゃ迷惑ですよ」
うんざり顔の多村清に、秀美は嫌悪を抱いた。
第一発声から彼の印象は悪かったが、色目で見てはいけないと冷静を努めてきたのも、水の泡。
正直、彼が嫌いだ。
つづく。。。
この作品は、フィクションです。
登場する企業、学校、人物は架空のモノです。