また今年も3月11日になりました。



3.11と呼ぶのが好きじゃない。



1995年(平成7年)1月17日の阪神淡路大震災の時は広島も大きく揺れて「これはただ事じゃない。」と思ったけれど、2011年(平成23年)の3月11日私は末っ子を最後の受験に送り出しお昼寝をしていた。



携帯電話が急になり、出ると関西住みの長女が「東北で大きな地震があったけど、そっちは大丈夫?」と聞いて来た。


急いでテレビをつけるとNHKは仙台空港への津波の到達を映し出していた。延々と続く震災のニュースの中に東京電力福島第一原子力発電所の事故があった。



今でも思う。原子力発電所事故さえなければ、私達は西だ東だと分裂する事はなかっただろう。



ただただ津波被害者や地震被害者を悼み、復興へと後押しをしただろう。


混乱の中で色々な事が起こり、多くの人が逃げ惑った。


私達は広島に住み、原子爆弾の後遺症に悩む人達を身近に見て来た。チェルノブイリ原発事故時の旧ソ連のウクライナの人達の事も頭にあった。


辛い毎日だった。


忘れる事はできない。


忘れてはいけない。


合掌