学校の道徳でいじめの勉強なるものをしているのを見ました。

ストーリーはプロレスごっこのいじめだったかな?
加害者、被害者、傍観者といういじめの相関図的なのを詳しく黒板に書いていくんだけど、私にはその授業があまり子供たちには響いてないように見えました。
先生も先生でいじめをなくしたいとかじゃなく淡々とただ授業だからといった感じに思えた。

でも、それがあまりよくないんだと私は思ったんですよね。
MPなのかしら?私は…

親に響かない内容は子供にも響かないんではないでしょうか?


私が感じたのは子供に悪い子なんていないっていうことです。
スケッチブックなら真っ白。
大人が色を塗っていくんです。
いじめもそうなのです。
親や周りの大人が口が悪かったら悪くなるし、親や周りの大人が人の悪口(陰口)を言えば悪口をいう子になる。

悪いことを教わるのはほとんど大人からです。


私も前にスーパーで働いていた時に散々パートの人に意地悪されていました。
あからさまに無視されたり、聞こえる声で陰口言われたり。
でも、その人三児のお母さんだったんです。
そんな風にしている親の子供が可哀想だなぁと思いました。。。
大人になりきれてない人が子供を育てる怖さを思い知ったと言いますか…

きっと同じことをお子さんはお友達してるんだろうなぁと。


歳じゃないんです。若いママは周りから若いだけでバカにされてましたが、私が知っている若いお母さんはとってもお子さん思いで必死に子育てしてました。
年増なママなんかよりずっと立派なママが多いんです。
きっと、自信がない分愛情で埋めようとするんですね。



ちょっと話がそれましたが…
いじめについて、よく娘とお話します

何を言われたら傷つくかノートに書くんです。
『キモイ』
『臭い』
『たらこ唇』
『うざい』
『○○菌』
『近寄らないで』
etc

これを言われたらどういう気持ちになるか。

当然嫌な気持ちにしかならないでしょう。



じゃあ、なぜみんなはこんなことを口にしてしまうのか。

『面白いから』とか『言わないとお友達に嫌われてしまうかもしれないから』とか『ただなんとなく』とかいう子がほとんどなんです。
でも、なぜ人が嫌がるのが面白いのでしょうか?
自分が言われたら嫌な気持ちになるのに、人にいうのはなぜ面白いんでしょうか?

それは人は比べる生き物だからなんだと。
人は誰かが自分より下だと安心していられるんです。
『○○ちゃんよりマシ』という言葉をよく聞きますがそれが自分よりも下の人間をつくって、安心している言葉そのものなのです。

だから、いじめが起こるのは仕方ないことなのですが、なぜ人を見下さないといけないかを考えましょう。
自分に自信がないから、自分より下をつくってはいじめるんではないでしょうか?

親御さんに言いたいのです。
お子さんをちゃんと誉めてあげてますか?
お子さんをちゃんと叱れてますか?

ちゃんと誉めてあげていれば自分に自信を持つようになります。
人がいくら下でも見下す必要がなくなります。
ちゃんと叱り、ちゃんと向き合っている子供は人を罵ったり人を傷つけたりしないのです。
どれだけの親が自分はちゃんとしていると言い切れるのでしょうか?

私は言い切れません。
だから、いじめの勉強のときは大人が悪いんだと子供に精一杯謝っています。