こんにちは❗️

きーさんです!

今日は真剣な話ですが、医者や周りの友人や知人に話すと異常と言われるような家庭環境で育ちました🙃

そんな感じで今ではネタとして、割り切って話せるようになっているので、暇つぶしに読んでもらえると嬉しいです😌




僕は5人家族でその長女として産まれました。


家族構成

•父 建築会社の社長

•母(外国人)

•僕

•妹

•弟

です。


金銭面に関してはどちらかと言うと裕福な方だったとは思います。

衣食住に困った事もありませんでした。


それでも我が儘かもしれませんが幸せではありませんでした。


多分それは僕だけではなく、妹、弟もそうなんじゃないかな?


因みに弟は8年前に家を出て行ってから音信不通です。その時、弟は18歳でした。

なので、弟の現在のことは書けませんが、

どこかで無事に生きていることを願います。




父は建築関係の会社の社長です。

家庭でも社長みたいな人でした。


僕ら兄弟は幼い頃、よく父に平手打ちや握り拳、靴べら、ベルトなどで殴られました。

機嫌がいい時、悪い時の差は激しく、それは職場や夫婦喧嘩の状況で変わりました。


小学生の頃、兄弟喧嘩をした際は叱られるのは当たり前だと思うのですが、よく言われていたのは「施設にぶち込むぞ」と服を引っ張られ車に乗せられ、どこかわからない建物の前まで連れて行かれ置いて行かれることもありました。

少し経つと迎えにきて、次はないからなと家に帰る。そんな繰り返しでした。


そんな父は、何故だか周りの人からの信頼はあつく子供だった僕らを助けてくれる人はいませんでした。


妹は施設に逃げ込みました。

ですが、施設の人は父の話しを鵜呑みにして、

妹や僕の話しを聞かず自宅に戻されました。

その日はめった打ちにされました。


弟は暴力を振るわれていると助けを求め警察に行きました。

警察も父の話しを信じて、また自宅に引き戻されました。


そんな中は、僕は父が怖くて様子を伺いながら機嫌を取ることしか出来ませんでした。


父は口が達者で、みんな丸め込まれてしまい、

僕らは逃げ場がありませんでした。



母は外国人でヒステリー持ちでした。


父と喧嘩になれば、僕らにあたりました。

父から殴られている僕らを見ると寝室に閉じこもってしまい、助けてくれませんでした。


ある日、母が寝室から出てこない日がありました。

その前日、父の浮気が発覚し大喧嘩をしていました。

僕ら兄弟は母が心配になり、僕が先頭で母の部屋の扉をゆっくり開けたのですがすぐに閉めました。

僕は弟と妹に「みんなで行くとびっくりしちゃうから」と適当な理由をつけて、外で遊んでくるように言って家を追い出し鍵をかけました。


すぐに僕は母の部屋に行きました。

その時、タオルと包帯を持っていきました。


部屋は血の海でした。


母は手首を切ってぐったりしていましたが、意識はあり「パパには言わないで」と泣きながら僕に言ってきました。


僕は何も言わずに黙って母の手を綺麗に洗って包帯を巻きました。

泣くのを堪えながら巻きました。


そして母を僕の部屋で休ませている間に、血溜まりとベッドのシーツを綺麗にして、血のついたカミソリをタオルで巻いて捨てました。


そんな事があった事を悟られないよう、帰ってきた妹と弟に接して、父の機嫌もとりました。


母は何事も無かったかのように、夜飯を作っていました。


誰にも助けてとは言えませんでした。

それでも母を嫌いにはなれませんでした。





今回はここまでにします🤓

マジで、ドラマとか映画みたいな話しと言われるので信じるか信じないかはお任せします❗️


僕は裕福=幸せに繋がらない事と思っています。

父と母、まだまだエピソードはたくさんあります。聞きたい方はコメント残してくだされば、改めて書いていこうと思います!


今日のまた続きを書きますね🙃

ありがとうございました❗️