こんにちは。
日曜日担当の、ようこです。
「弁護士のいらない世界にする弁護士」をモットーとして、弁護士の仕事をしています。
先日、デパートで、あるブランドのポップアップ店の横を通りました。
可愛いバッグがあったので手に取ると、向こうの方から店員さんが「それ、可愛いですよね~
」と駆け寄ってきた。
よくみると、おそらくLGBTQの男性店員。
「まだまだ可愛いものがあるので、見ていって下さい~。楽しんじゃってください~
」と。
私が普段使っているバッグや必要としているものなどの話を引き出しつつ、あれもこれもと、私からインスピレーションがわいたバッグを沢山引っ張り出して見せてくれた。
その接客の様子に、「色々と苦労されているだろうに、本当にこのブランドのデザイナーと商品が好きなのね」と思いながら、男性店員の話術を楽しんでいた![]()
もう何年も前に、私はLGBTQの方の電話相談の担当をしたことがあった。
電話を切ると、またすぐに次の電話がかかってくる。
2時間ずっと話しっぱなしだった。
相談の内容は、ほとんどが法律では解決できない内容。
あまりにセンシティブな内容で、親や友人など身近な人に容易に相談できず、電話を掛けてきてくれたのだと感じた。
とにかく、「この世の中は生きづらい」、そのことだけが明確に、ひしひしと伝わってきた。
私はLGBTQの方々の問題にすごく詳しいわけではない。
けれど、生物学的に男性と女性しか認められていない世界の中で、生まれた時から、どうアイデンティティを形成し、生きていったらよいのか模索しながら生きながらえてきていることは、想像に難くない。
生物学的には、男性か女性かどちらかであっても、どちらでもないという心を持つ自分の存在を、どう理解したらよいのか。
人間としての基盤をどう理解し、形成していったらよいのか。
家を建てることに例えれば、土台である基礎がしっかりしていなければ、家は傾いたり、揺らいだり、建てることすらできないかもしれない。
そんな状態の中でも、ある時は本当の自分を出さないようにして社会に合わせたり、ある時は本当の自分とはなんなのだろうと自問自答しながら、生きながらえてきている人が多いのではないかと思う。
今の世の中は、本当に生きづらいと思う。
そんな中、最近、高等裁判所で違憲判決が出た。
自認する性が男性にも女性にも当てはまらない「ノンバイナリー」の当事者が、性別を明らかにしない表記に戸籍を訂正するよう求めた裁判。
大阪高裁は、男女以外の表記を認めない戸籍法の運用は「法の下の平等を定めた憲法14条の趣旨に抵触する」と判断した。
法の下の平等(憲法14条)は、誰にでも保障されている。
子どもが生まれると、一番最初に親がする仕事である、出生届。
その時点で、LGBTQの人は、生物学的な性別の決定を強いられ、生きづらい世の中の洗礼をうける。
そんな中でも、自分らしさを求めて、諦めずに生きようとしている。
冒頭の男性店員さんから、私が受けとったもの![]()
それは、単なる商品の紹介ではないように思う。
生きづらい世の中でも生き抜いてきたエネルギーだったのかもしれない。
そんなエネルギーに、私の心は動かされたような気がする![]()