スピリチュアル、ヒーリング、メッセージって言葉が絡むところでの、他者との会話が楽しかった。


ただ、怖いなと感じる状態にいても、 何かに気持ちを切り替えられて、楽しいなと感じる会話をさせられていた。


それ以前までに蓄積されていた自分自身の闇、業・・・


それ以前に蓄積されていたスピリチュアルな施術による可能性、期待をさせる鑑定結果、メッセージ・・・



それらがあって、あの憑依?体験はあったのであろうと考える・・・


私に能力で、メッセージや言葉をくれた人に一切の間違いはなかったか?


『自業自得』で片付け、受け止めなくてはいけないことなんだろうか?


脳内で感じる言葉、存在に支配されながら過ごしていたときの施術、鑑定でも、前向きな、背中を押されるメッセージばかりだった。


闇にのまれていた私に掛けられた言葉に嘘はなかったのか・・・


『エネルギー』で何がみえ、何を感じて、私にメッセージをくれたのか・・・


私自身だけが悪かったのか・・・




脳内会議が強くなったキッカケの・・・


あの時、関わりのあったあの人は、とても育ちの良い子なんだろうなと思った。


何かを感じる人が自分より上にいて、私を否定しないことに、私に起きている脳内会議が意味のあることだと思ってしまっていた。



絡んでしまった他者との時間。


発信したことによる、他者への影響。



申し訳ない気持ちと恐怖が残り続ける。


苦しい、辛い・・・


身体が操られて、おかしな行動をしてしまったこと、消えない記憶・・・



他者が本物であったら、


私はこんなに傷ついたままでいないのではないか?



私が視えない何か、闇に操られて、行動してしまったことは、私の無知であることによる落ち度で・・・


育ちの悪さは自覚ありで、それを全ての人にみせながら生きてはいなくて、


悪い部分を反省し、後悔し、藻掻いて・・・


変化を求めて、意識を変えようと過ごした時間・・・



私のことを視てくれた人は、いい言葉しかくれなかった。



私の中の悪い部分は視えなかったのか?


テレビでみるそういう番組は上げ下げありな鑑定がされたりする・・・



体験後の鑑定は、こういう体験をして・・・って説明するから、下げもある。


でも、前向きなメッセージを貰う・・・



憑依?による、 感じる言葉、存在によって、自分自身にも何らかの能力があると思って、思わされて、


させられた異常行動、本物じゃないのに、感じる言葉を発してしまったこと・・・


それに関わっていた他者は、どんな人で、どんな能力があって、何が視えて、何が聞こえていたのか・・・



いま、どんな存在になっているのか・・・



憑依?体験に絡まなかった、その時までに鑑定結果、スピリチュアルな情報を話してくれた人たちは、私のことを気にとめることなく、


今も、スピリチュアルな活動をされている・・・



客と施術者、経営者であり、


仲間になるにはほど遠い・・・



救いを起こしてもらうには、お金は掛かり続ける・・・



私はそこにはいけない、


そういう世界だったのかもしれない・・・


そういう世界の話を聞いてくれる友人がいて、そういう世界で起こる変化、救いを求めてる人で、


その人が、私が生きているうちに『本物』に出会ったと思える姿をみせてくれたら、


その世界にはそういう『本物』がいたんだなと思えるかもしれないし、


友人の人生が切り開かれたとき、


スピリチュアルの正解を少しは理解して、改めて、自分自身はそこには辿り着けない人間だったんだと、納得するこになるのかも・・・。






自分自身の光と闇を認識できないわけではない・・・



あの世界で生きている人は光だけで、


光と闇を持つ私には辿り着けない場所なのか・・・?



同じ性質の人だけに救いは起きるのだろうか?


生まれ育ちのいい人たちだけがいる?




私が立ち直るのに必要なことはなんだろうか?



そうなりたくてなったわけではない、


現実に体験した怖い体験。



本物なら、何かを感じるなら、教えて欲しかった、危険性。


危険性を伝えて貰えなかったのは、私が悪い性質だったからという、一点だけだったのか・・・


罪悪感のない人生ではない・・・



そこにいる人は、罪悪感なんて抱くことのない、真実だけを伝える人なのか・・・



人間は失敗をする?


失敗はどう赦されるのか・・・




私考