14才っていうと、思春期の真っ直中、大人と子供の間でよくわかんないことになってる時期ですね。
私が14才のころはとっても悩んでいました、考え事ばかりしていました。
あれほど色々考えたことはそのあとになってもありません。
何で私は生まれてきたのか、何のために生きるのか…そんなことをひたすらに考えていました。
今思えば、何でそんな答えのないことを考えていたんだろう?
そう、今では答えなんてないってことに気がついているけど、その当時はその答えが欲しかったんですね。
生きてる意味を知りたかったんですね。
考えて、考えて、考え抜いて…
そしたら、ある日母親を一人の人間として見ることが出来るようになっていました。
いて当たり前のお母さんを一人の人間として意識できることが出来るようになってた。
たぶんいつもは聞こえていなかったくだらないダジャレが聞こえてきたりして、
「えっ、お母さんってこんなダジャレ言ってたんだ」
ってビックリして。
そのころが私の思春期で、その瞬間に思春期を抜けたんだと思います。
大人に一歩近づいた瞬間でした。
それから、私は何のために生まれてきたのか、何のために生きるのかを考えるのではなく、どうやって生きていくのか、前向きに考えるようになりました。
夕日をみてキレイだなって思える自分でいたい。
余裕がないと、夕日に目を向けることも出来ないし、感受性が豊かじゃないと、キレイだなとも思わない。
14才の時の私が出した生きる目的です。
その当時、モヤモヤした気持ちを紛れさせてくれる部活があったし、友だちがいました。
その友だちともいっぱい語りました。
私には聞く耳がありました。
自分の考えは自分の経験からしか生まれてこないから、まだまだ経験不足だと認めて、たくさんの本を読んだり、大人の話を聞いたり、友だちの話を聞いて、その経験不足を少しずつ埋めていきました。
子供が14才になったとき、私はやっと子供を通して思春期を客観的に見ることができます。
その時、母親はどんな気持ちだったのか、知ることができます。
不安と期待が入り交じっていますが、その時を楽しみに待ってみようと思います。
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