中学二年生。
私は、恋に、友情に、部活に、兎に角一生懸命だった。
喩え受け容れがたい現実が、そこにあったとしても。
だって、幸せは降っても来なければ、歩いても来ないでしょう?
「合コン!合コンしよう!」
「はいぃ?」
「何言いだすの、この子は」
「飛鳥があんなこと言ってるよ。止めたげて、オーちゃん」
「………。」
私が提案をすると、いつもこんな感じで止められる。
だけど、今度ばかりは本気だった。
「ね、しようよ!オーちゃんも行くでしょ!合コン。うちら中二だよ。一番自由な学年!ビバ☆青春!」
中学二年生。
今年がラストチャンスだと思った。
私立だからエスカレーターでもいいのだが、脱女子校するには来年は受験だ。
外部を受ける理由が欲しかった。
勿論、女子校は楽しい。
基本的にフリーダムだし、男子の目なんて気にしなくてもいいし、うちは先生もユルいから大抵の悪さも許される。
だけど、人間関係は公立よりも複雑、要は女ってドロドロ、そういうこと。
「いいじゃん?合コン。してくれば。セッティングできるんならさ。うちは部活に忙しいからパス」
「!!オーちゃんもうすぐ大会だね!行くよ応援!彼氏と!」
オーちゃんは陸上部で、全国でも結構有名なスプリンター。
我が校の誇るエースだ。
応援には行けなかったけど、先々月もなんたら杯とかいう大会で優勝してた。
オーちゃんを見るたびに、私は部活を頑張ろうと思える…週二回しか活動しない、写真部だけど。
「ハイハイ、彼氏が“出来れば”ね。つーか来んな、鬱陶しい!飛鳥が来るといつもの倍は騒がしいよ」
「うそっ!そんなに!?」
「うん」
「ええぇ~!!」
「飛鳥、信じちゃダメだよ。オーちゃんの冗談だから」
「ええぇ~!!!」
オーちゃんが笑う。
髪は短いけど、やわらかくてふわふわ。
オーちゃんはかわいい。
みんなも笑った。
授業開始ベルを無視して、おやつのクッキーをくわえる。
時間なんて気にならない。
女子校は、楽しい。
「で、誰が幹事やんの」
「ほんとだよ。飛鳥、つてなんてないでしょ」
「…………うん…オーちゃん…」
私がねだる様な目で見つめると、「知らない」という素っ気ない返答が返ってきた。
まだまだ食い下がるつもりだけど。
「うわぁん、オーちゃん。彼女いなくて、気さくで、優しくて紳士を集められる人だよう」
「こら飛鳥!なんでもオーちゃんに頼ればなんとかなると思うな」
「だってぇ。オーちゃんが一番顔広そうだし…みんなも知らないんじゃん?」
「ぐっ…」
「……知らないわけでもないけど…。うん、やっぱ嫌だ」
「ぅおおぉちゅあーんっ」
「ウザイっ」
先生がうるさいと言う。
私たちは少しの間口を塞いで、お互いの目を見合う。
そのうちに我慢ができなくなり、吹き出す。
陰でこそこそと喋りながら、途中でちょっとだけこっちに目を遣る他のグループ。
浮かないように、私たちも声のトーンを落とした。
「オーちゃんお願いっ」
「うん。うちらからもお願い!」
「結局あんたたちも行くのかよ」
そう言って笑い、オーちゃんは合コンのセッティングをしてくれた。
木の葉の散る頃、私は浮かれていた。
「ね、ね。あれかな?オーちゃんの友達!」
「ぽいぽい!おお、流石オーちゃんの友達。なかなかいい線行ってるね」
待ち合わせた場所に行ってみると、他に見間違いの無い様のほど閑散とした場所に男子の集団があった。
声をかけるとやっぱりそうで、人懐こい笑顔が快く迎えてくれる。
オーちゃんの友達は一番奥で音楽を聞いている、前髪をあげた彩瀬川幾斗くん。
「今日は人集めてくれてありがとうね。彩瀬川くん」
声をかけると、彩瀬川くんがヘッドホンを外す。
「いいよ。知り合いの多さだけが取柄だし。久しぶりに連絡してきたと思ったらいきなり“合コン、四人、まともな奴。うちは行けないから友達が悪いのに引っ掛かんないようにして”だからびっくりしたけどね。ほんと無茶苦茶だよ、あの人」
「あははっ。オーちゃん、昔からあんなだったんだ?」
「少なくとも、“オーちゃん”なんて呼ばれるような可愛い人間じゃないよ。女の皮被った男だったから。」
「男前だよねぇ。カッコいい。ねえそう言えば、そっち一人多いよね?」
それに、五人の中で彩瀬川くんだけは明らかに異質だ。
着飾ってないし、耳から外したヘッドホンからはまだ音が漏れている。
“ついてきた”、そんな印象。
「いいんだよ」
再びヘッドホンを耳に当てる。
抑揚のない声で彼は言った。
「いいんだ。俺はただの見張りだから。君も向こう行きなよ。
俺の友達が変なことしそうになったら呼んで。それ止めるのが、今日託された俺の任務だから」
「そう……なんだぁ」
何処かに入ろう、ということで、無難にカラオケに向かうことになる。
現在地からは少し離れるが、どうせなら綺麗な所がいい。
街角を歩いてカラオケボックスを探した。
秋の始まり、風は冷たく陽は熱い。
夏と冬に挟まれたこの季節が、私は一番好きだ。
ついでにハロウィン用に飾られた街やお店の、暖かいオレンジ色の雰囲気も。
私は集団から離されないように気を付けながら、ショーウィンドウに並んだ可愛らし小物たちを楽しんだ。
「あ、かわいい」
「あ、かわいい」
私と重なった声に振り返ると、背後に知らない男が立っていた。
今時流行の服を着て、長めの髪はワックスでしっかりセット、ピアスは七個もつけている。
女子校育ちの私でも、彼が“女慣れ”していることは判った。
気付けば友達と彩瀬川くんたちは随分先を行っている。
「かわいいですね、この人形!じゃ、私急いでるんで」
「あんたのことだよ、オレが言ったのは」
「私、急いでるんで!」
振り切った左手を、逆の手で掴まれる。
「放して」と言って伝わる相手には見えない。
合コンしようだなんて言い出した割りには、知らない男子を相手に足を竦ましている自分がいる事に気付いた。
怖い。誰か————
「放してくれる?」
私の左手を掴む手首を、一回り大きな手が覆った。
彩瀬川くんだ。
「あぁん?!…って、彩くん」
「はーい、彩くんデスヨ」
「久しぶりじゃん、彩くん。またこっちの方に住んでんだ?」
「うん。もう二ヶ月くらいになるよ。てゆか、この人俺の連れだから勘弁してくれる?純情なの」
「また合コンの幹事やってんだ。オレも混ぜてよ」
「ダメ。悪い男に捕まんないように頼まれてんだから」
軽い調子で彩瀬川くんが言う。
どうやら二人は知り合いらしかった。
さすが、顔の広さだけが取柄なだけある。
街を歩くだけでも知り合いに当たるのか。
「彩瀬川くん、もしかして転勤族?」
私が口を挟むと、二人は話を止めて私を見た。
ナンパをしてきた彼も、笑っていると不思議なことにも怖くない。
「そーそー。彩くんね、オレが小一の時のセンパイ。四ヶ月だけね。あと、小五の時にも一ヶ月くらい戻って来てたけど、そん時は関わる機会なかったかんな」
「そうだっけ?通りで記憶が薄いと思った。名前とか思い出せないし」
「えぇっ!?彩瀬川くん、知らないまんま“悪い男”とか言ってたの?」
「……だって、この辺滞在期間一番長いから、知ってる人多すぎてさ…」
そういう問題だろうか…
「“善い男”には見えないでしょ?そりゃ、顔だけ見れば“イイ男”だけど」
こりゃまたはっきりモノを言う人だ…
ナンパの彼も、怒りを通り越して笑っている。
「相変わらずだね彩くんは。人のこと覚えないし、覚えても呼ばないし、ムカつくほどエンリョもない。オネーサンも……そういや、名前なんての?」
「えっ?あ、わたし?アスカだよ。杞崎飛鳥」
画が多くて、テストの時が大変。
私が言うと、ナンパくんも彩瀬川くんも笑った。
アスカちゃんね、以後ヨロシク、名前を名乗る彼。
彩瀬川くんが、よろしくしなくていい、そう言って私の手を引いた。
後ろから、ナンパくんが何かを叫んでいた。
暖かいオレンジ色の中を、ひんやりとした風を切って歩く。
掴まれた手首から伝わってきた彩瀬川くんの体温。
彼の手のひらは思ったよりずっと温かかった。
「ああいう悪い奴に引っ掛かっちゃダメだよ。俺が“オト”に怒られる」
「あ……」
「…なに?」
“オト”……——オーちゃん。
彼が、オーちゃんを呼んだ。
名前で、はっきりと。
「なんでもないよ」
笑顔を繕ってみても、何だか苦しい。
“オト”“オト”“オト”“オト”
オーちゃん。
『俺はただの見張りだから』
“ついてきた”そんな印象。
『相変わらずだね、彩くんは』
『人のこと覚えないし、覚えても呼ばないし…———』
そう。彼の口から出るのはいつも“この人”“あの人”“ああいう”“こういう”、それから、“キミ”。
『アスカちゃんも、どうせわすれられるよ』
さっきはただの捨て台詞に聞こえたその言葉が、鋭利な刃物の如く胸に突き刺さった。
考えなくとも、分かる。
彩瀬川くんはオーちゃんが好きなんだ。
「彩瀬川くん。オーちゃんってどんな子だったの?今と変わらない?」
私が尋ねると、彼は足を止めて振り返った。
さあ、と肩を竦める。
「今がどんなか知らないし。俺が知ってる“オト”は、強情で、負けん気強くて、正義感の塊みたいな性格。清々しいほどに正直な奴だったよ」
「変わらないね。彩瀬川くんは“そういう子”が好きなんだ?」
「どうだろうね。確かにあの頃、俺はヒネクレてたから」
それを真っ直ぐに引き伸ばしたあいつに、惹かれたのは確かだけどね。
また、前を向いて私の手を引く。
大股で歩く彼と、前のめりになりながら付いていく私。
二人の姿は待ち行く人々の目を引き、少し気恥ずかしかった。
「彩瀬川くん」
「なに?」
「私の名前、覚えてる?」
「…さっき聞いたばっかだしね」
もしかしたらと思ったが、やっぱり呼んではくれない。
彩瀬川くん。
私はね、彩瀬川がナンパから助けてくれたあの瞬間、恋に落ちたんだ。
それが喩え、オーちゃんからの頼みだったとしても、それでも嬉しかったんだ。
「ねえ、」
私に背を向けたまま、歩幅も縮めないまま彼が言った。
「今度見せてね、写真」
「うん————…、え?」
「写真部なんだってね」
「え、あ、う、うん。そうだけど、なんで——」
焦って何度も躓く。
何度も噛み、言葉もすんなり出てこなかった。
「だから、見せてね、飛鳥の撮った写真」
「なんで知ってるのっ!?」
どこから突っ込もうか。
名前?写真?笑顔?
それとも周り半径十メートルくらいに響いた私の大声?
振り向いた彼は、最高級の“したり顔”で笑っていた。
「どこ行こうか、飛鳥」
「えぇぇぇえ?」
後日、赤い顔で学校に行くと、オーちゃんは苦笑いで迎えてくれた。
「引っ掛かっちゃったんだ?“悪い男”に」
携帯を開いてみせる。
“ごめんね、俺が引っ掛けちゃったよ”
「飛鳥は危なっかしいから注意してって言ったのに。飛鳥、なんかあったらすぐ言えよ。うちが幾斗のバカヤローをすぐにとっちめてやるから」
彩瀬川くんは、ずっと前から私のことを知っていた。
文化祭の写真展示で、体育祭で、オーちゃんのメールで。
オーちゃんの携帯には、お土産のストラップ。
かぼちゃと丸ビーズが作る輪と、“馬鹿正直”と書かれたプレート。
面白いからといって、お揃いでみんなの分も買った(お金は後日回収)。
暖かいオレンジが、みんなの携帯にぶら下がる。
季節が変わると微妙になるけど、先に外すことは却下しといた。
私のプレートには“無防備”と書いてあり、彩瀬川くんのプレートには勿論……。
私は、恋に、友情に、部活に、兎に角一生懸命だった。
喩え受け容れがたい現実が、そこにあったとしても。
だって、幸せは降っても来なければ、歩いても来ないでしょう?
「合コン!合コンしよう!」
「はいぃ?」
「何言いだすの、この子は」
「飛鳥があんなこと言ってるよ。止めたげて、オーちゃん」
「………。」
私が提案をすると、いつもこんな感じで止められる。
だけど、今度ばかりは本気だった。
「ね、しようよ!オーちゃんも行くでしょ!合コン。うちら中二だよ。一番自由な学年!ビバ☆青春!」
中学二年生。
今年がラストチャンスだと思った。
私立だからエスカレーターでもいいのだが、脱女子校するには来年は受験だ。
外部を受ける理由が欲しかった。
勿論、女子校は楽しい。
基本的にフリーダムだし、男子の目なんて気にしなくてもいいし、うちは先生もユルいから大抵の悪さも許される。
だけど、人間関係は公立よりも複雑、要は女ってドロドロ、そういうこと。
「いいじゃん?合コン。してくれば。セッティングできるんならさ。うちは部活に忙しいからパス」
「!!オーちゃんもうすぐ大会だね!行くよ応援!彼氏と!」
オーちゃんは陸上部で、全国でも結構有名なスプリンター。
我が校の誇るエースだ。
応援には行けなかったけど、先々月もなんたら杯とかいう大会で優勝してた。
オーちゃんを見るたびに、私は部活を頑張ろうと思える…週二回しか活動しない、写真部だけど。
「ハイハイ、彼氏が“出来れば”ね。つーか来んな、鬱陶しい!飛鳥が来るといつもの倍は騒がしいよ」
「うそっ!そんなに!?」
「うん」
「ええぇ~!!」
「飛鳥、信じちゃダメだよ。オーちゃんの冗談だから」
「ええぇ~!!!」
オーちゃんが笑う。
髪は短いけど、やわらかくてふわふわ。
オーちゃんはかわいい。
みんなも笑った。
授業開始ベルを無視して、おやつのクッキーをくわえる。
時間なんて気にならない。
女子校は、楽しい。
「で、誰が幹事やんの」
「ほんとだよ。飛鳥、つてなんてないでしょ」
「…………うん…オーちゃん…」
私がねだる様な目で見つめると、「知らない」という素っ気ない返答が返ってきた。
まだまだ食い下がるつもりだけど。
「うわぁん、オーちゃん。彼女いなくて、気さくで、優しくて紳士を集められる人だよう」
「こら飛鳥!なんでもオーちゃんに頼ればなんとかなると思うな」
「だってぇ。オーちゃんが一番顔広そうだし…みんなも知らないんじゃん?」
「ぐっ…」
「……知らないわけでもないけど…。うん、やっぱ嫌だ」
「ぅおおぉちゅあーんっ」
「ウザイっ」
先生がうるさいと言う。
私たちは少しの間口を塞いで、お互いの目を見合う。
そのうちに我慢ができなくなり、吹き出す。
陰でこそこそと喋りながら、途中でちょっとだけこっちに目を遣る他のグループ。
浮かないように、私たちも声のトーンを落とした。
「オーちゃんお願いっ」
「うん。うちらからもお願い!」
「結局あんたたちも行くのかよ」
そう言って笑い、オーちゃんは合コンのセッティングをしてくれた。
木の葉の散る頃、私は浮かれていた。
「ね、ね。あれかな?オーちゃんの友達!」
「ぽいぽい!おお、流石オーちゃんの友達。なかなかいい線行ってるね」
待ち合わせた場所に行ってみると、他に見間違いの無い様のほど閑散とした場所に男子の集団があった。
声をかけるとやっぱりそうで、人懐こい笑顔が快く迎えてくれる。
オーちゃんの友達は一番奥で音楽を聞いている、前髪をあげた彩瀬川幾斗くん。
「今日は人集めてくれてありがとうね。彩瀬川くん」
声をかけると、彩瀬川くんがヘッドホンを外す。
「いいよ。知り合いの多さだけが取柄だし。久しぶりに連絡してきたと思ったらいきなり“合コン、四人、まともな奴。うちは行けないから友達が悪いのに引っ掛かんないようにして”だからびっくりしたけどね。ほんと無茶苦茶だよ、あの人」
「あははっ。オーちゃん、昔からあんなだったんだ?」
「少なくとも、“オーちゃん”なんて呼ばれるような可愛い人間じゃないよ。女の皮被った男だったから。」
「男前だよねぇ。カッコいい。ねえそう言えば、そっち一人多いよね?」
それに、五人の中で彩瀬川くんだけは明らかに異質だ。
着飾ってないし、耳から外したヘッドホンからはまだ音が漏れている。
“ついてきた”、そんな印象。
「いいんだよ」
再びヘッドホンを耳に当てる。
抑揚のない声で彼は言った。
「いいんだ。俺はただの見張りだから。君も向こう行きなよ。
俺の友達が変なことしそうになったら呼んで。それ止めるのが、今日託された俺の任務だから」
「そう……なんだぁ」
何処かに入ろう、ということで、無難にカラオケに向かうことになる。
現在地からは少し離れるが、どうせなら綺麗な所がいい。
街角を歩いてカラオケボックスを探した。
秋の始まり、風は冷たく陽は熱い。
夏と冬に挟まれたこの季節が、私は一番好きだ。
ついでにハロウィン用に飾られた街やお店の、暖かいオレンジ色の雰囲気も。
私は集団から離されないように気を付けながら、ショーウィンドウに並んだ可愛らし小物たちを楽しんだ。
「あ、かわいい」
「あ、かわいい」
私と重なった声に振り返ると、背後に知らない男が立っていた。
今時流行の服を着て、長めの髪はワックスでしっかりセット、ピアスは七個もつけている。
女子校育ちの私でも、彼が“女慣れ”していることは判った。
気付けば友達と彩瀬川くんたちは随分先を行っている。
「かわいいですね、この人形!じゃ、私急いでるんで」
「あんたのことだよ、オレが言ったのは」
「私、急いでるんで!」
振り切った左手を、逆の手で掴まれる。
「放して」と言って伝わる相手には見えない。
合コンしようだなんて言い出した割りには、知らない男子を相手に足を竦ましている自分がいる事に気付いた。
怖い。誰か————
「放してくれる?」
私の左手を掴む手首を、一回り大きな手が覆った。
彩瀬川くんだ。
「あぁん?!…って、彩くん」
「はーい、彩くんデスヨ」
「久しぶりじゃん、彩くん。またこっちの方に住んでんだ?」
「うん。もう二ヶ月くらいになるよ。てゆか、この人俺の連れだから勘弁してくれる?純情なの」
「また合コンの幹事やってんだ。オレも混ぜてよ」
「ダメ。悪い男に捕まんないように頼まれてんだから」
軽い調子で彩瀬川くんが言う。
どうやら二人は知り合いらしかった。
さすが、顔の広さだけが取柄なだけある。
街を歩くだけでも知り合いに当たるのか。
「彩瀬川くん、もしかして転勤族?」
私が口を挟むと、二人は話を止めて私を見た。
ナンパをしてきた彼も、笑っていると不思議なことにも怖くない。
「そーそー。彩くんね、オレが小一の時のセンパイ。四ヶ月だけね。あと、小五の時にも一ヶ月くらい戻って来てたけど、そん時は関わる機会なかったかんな」
「そうだっけ?通りで記憶が薄いと思った。名前とか思い出せないし」
「えぇっ!?彩瀬川くん、知らないまんま“悪い男”とか言ってたの?」
「……だって、この辺滞在期間一番長いから、知ってる人多すぎてさ…」
そういう問題だろうか…
「“善い男”には見えないでしょ?そりゃ、顔だけ見れば“イイ男”だけど」
こりゃまたはっきりモノを言う人だ…
ナンパの彼も、怒りを通り越して笑っている。
「相変わらずだね彩くんは。人のこと覚えないし、覚えても呼ばないし、ムカつくほどエンリョもない。オネーサンも……そういや、名前なんての?」
「えっ?あ、わたし?アスカだよ。杞崎飛鳥」
画が多くて、テストの時が大変。
私が言うと、ナンパくんも彩瀬川くんも笑った。
アスカちゃんね、以後ヨロシク、名前を名乗る彼。
彩瀬川くんが、よろしくしなくていい、そう言って私の手を引いた。
後ろから、ナンパくんが何かを叫んでいた。
暖かいオレンジ色の中を、ひんやりとした風を切って歩く。
掴まれた手首から伝わってきた彩瀬川くんの体温。
彼の手のひらは思ったよりずっと温かかった。
「ああいう悪い奴に引っ掛かっちゃダメだよ。俺が“オト”に怒られる」
「あ……」
「…なに?」
“オト”……——オーちゃん。
彼が、オーちゃんを呼んだ。
名前で、はっきりと。
「なんでもないよ」
笑顔を繕ってみても、何だか苦しい。
“オト”“オト”“オト”“オト”
オーちゃん。
『俺はただの見張りだから』
“ついてきた”そんな印象。
『相変わらずだね、彩くんは』
『人のこと覚えないし、覚えても呼ばないし…———』
そう。彼の口から出るのはいつも“この人”“あの人”“ああいう”“こういう”、それから、“キミ”。
『アスカちゃんも、どうせわすれられるよ』
さっきはただの捨て台詞に聞こえたその言葉が、鋭利な刃物の如く胸に突き刺さった。
考えなくとも、分かる。
彩瀬川くんはオーちゃんが好きなんだ。
「彩瀬川くん。オーちゃんってどんな子だったの?今と変わらない?」
私が尋ねると、彼は足を止めて振り返った。
さあ、と肩を竦める。
「今がどんなか知らないし。俺が知ってる“オト”は、強情で、負けん気強くて、正義感の塊みたいな性格。清々しいほどに正直な奴だったよ」
「変わらないね。彩瀬川くんは“そういう子”が好きなんだ?」
「どうだろうね。確かにあの頃、俺はヒネクレてたから」
それを真っ直ぐに引き伸ばしたあいつに、惹かれたのは確かだけどね。
また、前を向いて私の手を引く。
大股で歩く彼と、前のめりになりながら付いていく私。
二人の姿は待ち行く人々の目を引き、少し気恥ずかしかった。
「彩瀬川くん」
「なに?」
「私の名前、覚えてる?」
「…さっき聞いたばっかだしね」
もしかしたらと思ったが、やっぱり呼んではくれない。
彩瀬川くん。
私はね、彩瀬川がナンパから助けてくれたあの瞬間、恋に落ちたんだ。
それが喩え、オーちゃんからの頼みだったとしても、それでも嬉しかったんだ。
「ねえ、」
私に背を向けたまま、歩幅も縮めないまま彼が言った。
「今度見せてね、写真」
「うん————…、え?」
「写真部なんだってね」
「え、あ、う、うん。そうだけど、なんで——」
焦って何度も躓く。
何度も噛み、言葉もすんなり出てこなかった。
「だから、見せてね、飛鳥の撮った写真」
「なんで知ってるのっ!?」
どこから突っ込もうか。
名前?写真?笑顔?
それとも周り半径十メートルくらいに響いた私の大声?
振り向いた彼は、最高級の“したり顔”で笑っていた。
「どこ行こうか、飛鳥」
「えぇぇぇえ?」
後日、赤い顔で学校に行くと、オーちゃんは苦笑いで迎えてくれた。
「引っ掛かっちゃったんだ?“悪い男”に」
携帯を開いてみせる。
“ごめんね、俺が引っ掛けちゃったよ”
「飛鳥は危なっかしいから注意してって言ったのに。飛鳥、なんかあったらすぐ言えよ。うちが幾斗のバカヤローをすぐにとっちめてやるから」
彩瀬川くんは、ずっと前から私のことを知っていた。
文化祭の写真展示で、体育祭で、オーちゃんのメールで。
オーちゃんの携帯には、お土産のストラップ。
かぼちゃと丸ビーズが作る輪と、“馬鹿正直”と書かれたプレート。
面白いからといって、お揃いでみんなの分も買った(お金は後日回収)。
暖かいオレンジが、みんなの携帯にぶら下がる。
季節が変わると微妙になるけど、先に外すことは却下しといた。
私のプレートには“無防備”と書いてあり、彩瀬川くんのプレートには勿論……。