*~*~~*~*~*~~*~*
【Boy playS】
*~*~~*~*~*~~*~*
真っ黒な暗闇の中に、遠く仄かに揺れる蝋燭の燈。物音ひとつしない。冷たいコンクリートの床は、傷付いたばかりの足によく凍みた。
息が止まるような痛みが全身を襲う。痛すぎて、声すらもでない。使用人が食事を運んできても、何も話す気にならなかった。
「(夕食時ですよ、少しくらいは食べてください。ジョーカー)...」
「…………」
「(置いておきますから).」
暗闇にも目が慣れ、明かりがなくとも大体は何処に何があるかが分かる。使用人が消えた後、“ジョーカー”は料理の乗った盆を蹴り退けた。
ガラス製の食器が、盛大な音を上げて割れる。
日除けのためにカーテンは閉めきり、室温は空調で適度に保ってある快適な部屋。薔薇のタぺストリーが掛かった扉の内側で、ハートのクイーンは静かに音を立てる。
「クイーン…今、ヨロシイでしょうか」
扉をノックして開けたのは彼女の部下。
“クイーン”と呼ばれる彼女は文字だらけの画面から目を離し、そうすることで楽になるわけでもないのにこめかみに手を当てた。頭が痛い。もともと活字が苦手なのに、こんなことばかりしなければならない自分の身分を恨んだ。
入りな。冷めた紅茶を手に取り、彼女が声をかけると、失礼しマす、と片言な日本語が言って近寄って来る。
「“四”が、一流サマと渚サマと接触シタそうです」
“四”、が、一流と渚に会った……?冷めてしまった紅茶に手を伸ばしながら、それが意味する内容を想像する。
「………バレた、そういうことか?」
「はい。今“スペード”が三人を追っているとのコトですが」
「分かった。ウチからキングに伝えとく」
中身を飲み干しからになったコップを机に置き、パソコンのスクリーンに目を移す。文章を打つふりをして適当にキーボードを叩いた。
どいつもこいつも。
画面上に並ぶ、でたらめな文字の羅列。言語にならない、出来ない——まるで、この世界のような。感に触る。“四”の価値は明晰な頭脳にあるはずだったが、こんな何の利益ももたらさない馬鹿な真似をする人物だっただろうか。彼女は小さくため息を吐いた。
報告すべきことは伝えおわったのになかなか部屋を出ていこうとしない影に気付き、もう一度視線をあげる。
「なに?」
目を合わせると、相手の顔に緊張が浮かぶのはいつものことだ。
「ジョーカーの具合はどのようですカ」
「あんたには関係ないでしょう。見逃すのは一回だけや。早よ仕事に戻れ」
「しかしっ———…」
上に立つものとしての心得。下の者に、無意味な反論を容してはならない。自分が権力者であることを知らしめ、乱すものを許すまじ————組織は下剋上も認めている。下の者は常に上を目指し、上層の命さえ狙っていると言っても過言でないだろう。上に立つ者はそれを防ぎ、自分の能力を証明するしかない。
しかし正直、一々相手をするのは面倒だ。狙われる事に慣れた殆どは、出来るだけ早くに危険因子を消し去る方法をとる。
カチャ————ッ…
黒く小さき“独裁者”が彼に敵意を剥く。それは、彼を黙らせるには十分すぎる存在だ。顔から色を消し、彼は片膝をついて頭を提げた。
「……失礼しまシタ」
消えていく背中を、彼女は静かに見送る。
カシャン。
「空やっつうの」
引き金を引き、遊び飽きたオモチャを棄てるように“葉流”はそれを投げる。ソファに着地した空っぽの拳銃。
“こんなもの”で、人は簡単に動く。葉流は崩れるように椅子へ腰掛け、目の前の資料をぐしゃぐしゃにしながら机に臥せった。
暗赤色の光が、締め切ったはずのカーテンの隙間から差し込む。屋敷の人間が気付かぬうちに、世間は夜にむかっていた。
「葉流、いてるか?」
「はいはい留守でーす。満流なら下やで、流」
葉流が手を挙げて答える。彼女の部屋へ何の了承も得ず入ってくるのは、世界中でも彼くらいだ。彼女の夫、ながれ。
彼は笑い、投げてある銃の隣に座った。
「聞いてへんわ。それより、槙がヘマしたって?」
「ああ、聞いた?情報管理班が自分の情報漏らしてどないすんねん、て、今すぐど突いてやりたいわ。
取り敢えず渚と一流にしか見られてないらしいけど、万が一でも一般人に見られてたら、生かしておけないし。美樹に合わせる顔があらへんよ」
「美樹は笑うてたで。“ミスも出来る子でよかったです”つって。親やなぁ」
「あの器のデカさは誰譲りなんやろう。大抵の奴は、コドモのミスを何とかしてフォローしようとするのに」
「かなりの強者やで、あいつは」
無邪気な表情で彼は笑った。
彼は武器さえ持たせなければ、ただの歳を食った子どもだと、葉流は思った。ビーダマの様な瞳が愛しくて仕方ない。葉流もつられて笑った。
「そういえば真奈はどうよ。鈍ってる?」
思えば一年七ヶ月のブランク。いきなり一週間も外仕事では体力が付いていかないのではないだろうか。あの賺した態度が崩れる瞬間を思うと、昔を思い出せて懐かしい。
あの頃の自分たちは、何にも希望を見いだせなかった。目の前に広がる道をただやみくもに走りぬけ、与えられた地図だけを頼りに、脇道に目も呉れず進んで来たのだ。それが、自分に残された唯一無二の正解だと信じて。
「いやいや。あいつ、衰えるどころか体力も付いて腕上げたで。ホンマ若さってスゴいなぁ」
流は手元の銃を拾い上げ、くるくる回して手持ちぶさたを補った。「真奈より満流のが劣るんちゃうか?」と言って綻びる彼の口元。
「メンタルが強いからな、真奈は。でもまぁ親ばかちゃうけど、それにしたってミチのが上やわ。積み重ねた年月と質がちゃうよ
『鍛えといて』とは言ったけど、総吾の奴、金にモノ言わせやがった。うちらも人のコト言われへんけどさ、汚れてない金持ってるからって。汚い奴」
「プロ雇うてたんやもんなぁ。そら力付くわ。ほんまもんのエーサイキョーイクやん?満流もよう付いてったな。執念ってすげぇ」
「執念というか、怨念というか」
窓に寄り、重たいカーテンを開ける。暗赤色は徐々に暗さを増し、着々と夜へと足を伸ばしていた。
—Game over—
そう、満流は言った。馬鹿けた遊びは、これで終わりだと。蹴られても打たれても、白かった肌を真っ赤に腫らしながらも尚、そのプライドを気高く保っていることを示した彼女の笑み。
私は、貴方たちの思い通りにはならない。声高にそう訴えかけるように。
「Hero's come back、か」
彼が呟く。
「“風雲児”、な。随分ハラハラさせてくれる子だこと」
「変に肝が座ってる辺り、葉流にそっくりや。お前が丁度ミチくらいだった頃、俺はいつかお前に殺される気がしてた」
「そない野蛮人やったか?」
「ああ。マタニティーブルー?とにかく、イツ達が生まれてから数ヶ月はヤバかった。凶器待たせたら手当たり次第殺していきそうなくらい」
「なるほど。出産前後の仕事が少なかったワケや。めちゃめちゃ楽や思うてたら」
思い返せば、日常に溢れていた小さな幸せ。
あの頃が一番楽しかった、幸せだった———過ぎてしまった今だからこそ、そんな風に思う。
「あれは笑うたで、妊娠に気付いた時に葉流が泣きながらボロクソ暴れたヤツ。『なにしてくれんねんクソかおまえー』っつって。俺一人のせいちゃうのに」
「しょーもないことばっかりよう覚えてるなぁ。あんたかて狼狽えてたやん」
葉流は焦って言い返す。振り返り窓にすがると、部屋の冷たさがよく分かった。窓に触れる背中は落ち切っていない陽で暑く、室内の空気に触れる腹は寒い、間の背骨の辺りはむず痒い。
いつも余裕で、自分をからかうことを趣味にすらしている彼の笑みに腹が立つのは今も昔も変わらない。
「ははっ!そうだっけか?あ、あとあれな。小学校でイツとミチが書いた作文。『ウチのお父さんとお母さんは~』」
「『わかくて強くてつんでれです』。確かに笑うたな。『どうしようもない“バカップル”な両親が、うちは好きです』って、二人して同じコト書いてた。」
「バカップル言われるほどくっ付いてなかったよなぁ?」
「突っ込むべきところはソコちゃうでしょう!いらんこと覚えよって。教えたん、あんたやろ!」
「ボキャブラリーは多いに越したことはない」
親指を立てて胸を張る流。何も考えていない様子で、ただ笑っている彼を、葉流はもう叱る気にもならなかった。
「懐かしいなぁ」
ふと、眉を落とした彼が言う。
「引き返せるもんなら、ゼロからやり直してえな。普通の家に生まれて、普通に育って、普通に…」
普通に。流が、遠い目をしていた。背骨のむず痒さは胸に落ち腹に落ち、室内の光は外の暗さに飲み込まれようとしている。
普通に生きてたら。全てを消し、やり直すことが出来たなら、自分はもう一つの世界を歩いていただろうか。彼に出会うことも、二人の子にも出会うこともなく、別の誰かと普通の家庭を築いていた?では、普通とはなんだ?
激しい頭痛が襲い、中卒である彼女の脳がそれ以上の思慮を拒む。
「せや、なぁ……?」
曖昧な語尾で誤魔化す。
出来るものなら、そう。全てを忘れたいし、今までの罪を消し去りたい。そう、出来るものなら————
この世界をぶっ潰してやりたいとさえ思うのだ。
【Boy playS】
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真っ黒な暗闇の中に、遠く仄かに揺れる蝋燭の燈。物音ひとつしない。冷たいコンクリートの床は、傷付いたばかりの足によく凍みた。
息が止まるような痛みが全身を襲う。痛すぎて、声すらもでない。使用人が食事を運んできても、何も話す気にならなかった。
「(夕食時ですよ、少しくらいは食べてください。ジョーカー)...」
「…………」
「(置いておきますから).」
暗闇にも目が慣れ、明かりがなくとも大体は何処に何があるかが分かる。使用人が消えた後、“ジョーカー”は料理の乗った盆を蹴り退けた。
ガラス製の食器が、盛大な音を上げて割れる。
日除けのためにカーテンは閉めきり、室温は空調で適度に保ってある快適な部屋。薔薇のタぺストリーが掛かった扉の内側で、ハートのクイーンは静かに音を立てる。
「クイーン…今、ヨロシイでしょうか」
扉をノックして開けたのは彼女の部下。
“クイーン”と呼ばれる彼女は文字だらけの画面から目を離し、そうすることで楽になるわけでもないのにこめかみに手を当てた。頭が痛い。もともと活字が苦手なのに、こんなことばかりしなければならない自分の身分を恨んだ。
入りな。冷めた紅茶を手に取り、彼女が声をかけると、失礼しマす、と片言な日本語が言って近寄って来る。
「“四”が、一流サマと渚サマと接触シタそうです」
“四”、が、一流と渚に会った……?冷めてしまった紅茶に手を伸ばしながら、それが意味する内容を想像する。
「………バレた、そういうことか?」
「はい。今“スペード”が三人を追っているとのコトですが」
「分かった。ウチからキングに伝えとく」
中身を飲み干しからになったコップを机に置き、パソコンのスクリーンに目を移す。文章を打つふりをして適当にキーボードを叩いた。
どいつもこいつも。
画面上に並ぶ、でたらめな文字の羅列。言語にならない、出来ない——まるで、この世界のような。感に触る。“四”の価値は明晰な頭脳にあるはずだったが、こんな何の利益ももたらさない馬鹿な真似をする人物だっただろうか。彼女は小さくため息を吐いた。
報告すべきことは伝えおわったのになかなか部屋を出ていこうとしない影に気付き、もう一度視線をあげる。
「なに?」
目を合わせると、相手の顔に緊張が浮かぶのはいつものことだ。
「ジョーカーの具合はどのようですカ」
「あんたには関係ないでしょう。見逃すのは一回だけや。早よ仕事に戻れ」
「しかしっ———…」
上に立つものとしての心得。下の者に、無意味な反論を容してはならない。自分が権力者であることを知らしめ、乱すものを許すまじ————組織は下剋上も認めている。下の者は常に上を目指し、上層の命さえ狙っていると言っても過言でないだろう。上に立つ者はそれを防ぎ、自分の能力を証明するしかない。
しかし正直、一々相手をするのは面倒だ。狙われる事に慣れた殆どは、出来るだけ早くに危険因子を消し去る方法をとる。
カチャ————ッ…
黒く小さき“独裁者”が彼に敵意を剥く。それは、彼を黙らせるには十分すぎる存在だ。顔から色を消し、彼は片膝をついて頭を提げた。
「……失礼しまシタ」
消えていく背中を、彼女は静かに見送る。
カシャン。
「空やっつうの」
引き金を引き、遊び飽きたオモチャを棄てるように“葉流”はそれを投げる。ソファに着地した空っぽの拳銃。
“こんなもの”で、人は簡単に動く。葉流は崩れるように椅子へ腰掛け、目の前の資料をぐしゃぐしゃにしながら机に臥せった。
暗赤色の光が、締め切ったはずのカーテンの隙間から差し込む。屋敷の人間が気付かぬうちに、世間は夜にむかっていた。
「葉流、いてるか?」
「はいはい留守でーす。満流なら下やで、流」
葉流が手を挙げて答える。彼女の部屋へ何の了承も得ず入ってくるのは、世界中でも彼くらいだ。彼女の夫、ながれ。
彼は笑い、投げてある銃の隣に座った。
「聞いてへんわ。それより、槙がヘマしたって?」
「ああ、聞いた?情報管理班が自分の情報漏らしてどないすんねん、て、今すぐど突いてやりたいわ。
取り敢えず渚と一流にしか見られてないらしいけど、万が一でも一般人に見られてたら、生かしておけないし。美樹に合わせる顔があらへんよ」
「美樹は笑うてたで。“ミスも出来る子でよかったです”つって。親やなぁ」
「あの器のデカさは誰譲りなんやろう。大抵の奴は、コドモのミスを何とかしてフォローしようとするのに」
「かなりの強者やで、あいつは」
無邪気な表情で彼は笑った。
彼は武器さえ持たせなければ、ただの歳を食った子どもだと、葉流は思った。ビーダマの様な瞳が愛しくて仕方ない。葉流もつられて笑った。
「そういえば真奈はどうよ。鈍ってる?」
思えば一年七ヶ月のブランク。いきなり一週間も外仕事では体力が付いていかないのではないだろうか。あの賺した態度が崩れる瞬間を思うと、昔を思い出せて懐かしい。
あの頃の自分たちは、何にも希望を見いだせなかった。目の前に広がる道をただやみくもに走りぬけ、与えられた地図だけを頼りに、脇道に目も呉れず進んで来たのだ。それが、自分に残された唯一無二の正解だと信じて。
「いやいや。あいつ、衰えるどころか体力も付いて腕上げたで。ホンマ若さってスゴいなぁ」
流は手元の銃を拾い上げ、くるくる回して手持ちぶさたを補った。「真奈より満流のが劣るんちゃうか?」と言って綻びる彼の口元。
「メンタルが強いからな、真奈は。でもまぁ親ばかちゃうけど、それにしたってミチのが上やわ。積み重ねた年月と質がちゃうよ
『鍛えといて』とは言ったけど、総吾の奴、金にモノ言わせやがった。うちらも人のコト言われへんけどさ、汚れてない金持ってるからって。汚い奴」
「プロ雇うてたんやもんなぁ。そら力付くわ。ほんまもんのエーサイキョーイクやん?満流もよう付いてったな。執念ってすげぇ」
「執念というか、怨念というか」
窓に寄り、重たいカーテンを開ける。暗赤色は徐々に暗さを増し、着々と夜へと足を伸ばしていた。
—Game over—
そう、満流は言った。馬鹿けた遊びは、これで終わりだと。蹴られても打たれても、白かった肌を真っ赤に腫らしながらも尚、そのプライドを気高く保っていることを示した彼女の笑み。
私は、貴方たちの思い通りにはならない。声高にそう訴えかけるように。
「Hero's come back、か」
彼が呟く。
「“風雲児”、な。随分ハラハラさせてくれる子だこと」
「変に肝が座ってる辺り、葉流にそっくりや。お前が丁度ミチくらいだった頃、俺はいつかお前に殺される気がしてた」
「そない野蛮人やったか?」
「ああ。マタニティーブルー?とにかく、イツ達が生まれてから数ヶ月はヤバかった。凶器待たせたら手当たり次第殺していきそうなくらい」
「なるほど。出産前後の仕事が少なかったワケや。めちゃめちゃ楽や思うてたら」
思い返せば、日常に溢れていた小さな幸せ。
あの頃が一番楽しかった、幸せだった———過ぎてしまった今だからこそ、そんな風に思う。
「あれは笑うたで、妊娠に気付いた時に葉流が泣きながらボロクソ暴れたヤツ。『なにしてくれんねんクソかおまえー』っつって。俺一人のせいちゃうのに」
「しょーもないことばっかりよう覚えてるなぁ。あんたかて狼狽えてたやん」
葉流は焦って言い返す。振り返り窓にすがると、部屋の冷たさがよく分かった。窓に触れる背中は落ち切っていない陽で暑く、室内の空気に触れる腹は寒い、間の背骨の辺りはむず痒い。
いつも余裕で、自分をからかうことを趣味にすらしている彼の笑みに腹が立つのは今も昔も変わらない。
「ははっ!そうだっけか?あ、あとあれな。小学校でイツとミチが書いた作文。『ウチのお父さんとお母さんは~』」
「『わかくて強くてつんでれです』。確かに笑うたな。『どうしようもない“バカップル”な両親が、うちは好きです』って、二人して同じコト書いてた。」
「バカップル言われるほどくっ付いてなかったよなぁ?」
「突っ込むべきところはソコちゃうでしょう!いらんこと覚えよって。教えたん、あんたやろ!」
「ボキャブラリーは多いに越したことはない」
親指を立てて胸を張る流。何も考えていない様子で、ただ笑っている彼を、葉流はもう叱る気にもならなかった。
「懐かしいなぁ」
ふと、眉を落とした彼が言う。
「引き返せるもんなら、ゼロからやり直してえな。普通の家に生まれて、普通に育って、普通に…」
普通に。流が、遠い目をしていた。背骨のむず痒さは胸に落ち腹に落ち、室内の光は外の暗さに飲み込まれようとしている。
普通に生きてたら。全てを消し、やり直すことが出来たなら、自分はもう一つの世界を歩いていただろうか。彼に出会うことも、二人の子にも出会うこともなく、別の誰かと普通の家庭を築いていた?では、普通とはなんだ?
激しい頭痛が襲い、中卒である彼女の脳がそれ以上の思慮を拒む。
「せや、なぁ……?」
曖昧な語尾で誤魔化す。
出来るものなら、そう。全てを忘れたいし、今までの罪を消し去りたい。そう、出来るものなら————
この世界をぶっ潰してやりたいとさえ思うのだ。