地球温暖化の影響か、去年に比べ今年の夏は暑く長く、秋が来るのも一気だった。時の流れが変則的だ。
 女子高生の笑い声と、道路を行き交う車のヘッドライト。
 何も変わったことはないはずなのに、同じ場所を同じ風景として捉えられない。地形が変わらずとも、見る者が変わっていけば違って見える。

———求めてもらえないと生きらんないんだ———

 十月。ハロウィンすらも済ませていないというのに、デパ地下のケーキ屋がクリスマスケーキの予約受付を始める。季節は秋だ。
 だんだん、どうも苦手なあの時季が近付く。
 外に出るたびに胸がきゅっと締め付けられ、わけもなくドキドキする。
 きょう。貴方は今、笑っていますか?


 暗くなった通学路を、あえて自転車を押して歩く。
 私の隣にはクラスメイトの男子、荒木浚がいて、彼は親友の彼氏だった。
 もうじき受験ともあり春から塾通いをしているらしく、帰り道が暗くなった最近では途中まで家路に付き合ってくれるようになったのだ。

 「涼しくなったもんだよね。一ヶ月前にはまだ、みんな半袖だったのに」
 「いつの間にか十月だもんなぁ。千花知ってる?センターまであと九十日なんだって。教室の黒板で誰かがカウントダウン始めやがった」
 「知ってる。うちのクラスは随分前からやってたよ。百日切ると、結構焦るね」
 「え、まだ焦ってない俺、もしかして危ない?」
 隣で鞄を乗せた自転車を押している浚が、ふざけてはっとしたように立ち止まる。
 「えぇぇ?」
 あんたが焦ってないのは、成績がいいからでしょう。そう思いながらも、あまのじゃくに「浚の将来が心配」と言い笑ってみせた。
 アノコならこう言ったはずだと思ったからだ。
 浚は一瞬表情を失い、苦笑。
 「去年の今頃、キュウにも言われたよ」
 「……でたね。懐かしい名前」
 「久々に寄る?神社にでも」
 「えぇ?今十月じゃん。神無月だよ?神様いないじゃん」
 「関係ないって。俺んちキリスト教でも仏教でもないし」
 「そういう問題じゃないですよね、これ」
 文句を垂らしながら、向かう方向を変えて神社のある通りへと入る。
 一年前までは、意味もなく度々訪れていた道。人通りの少ない、侘しい並木道だ。
 烋がいた頃は、もっと明るかったはずなのに。

 一歩進むたびに思い出が蘇る。コンビニのスイーツで花見をしたベンチ、小学生が壊したのを気紛れで直した鉢植え、夜中に呼び出して恋愛相談をした石階段———前と違う所など、何一つない。なのに。
 木の葉の擦れあう音する。もうじき葉が落ちる頃だ。
 瞳を閉じても、あの頃の風景は帰っては来なかった。
 「あと三ヶ月で、一年だよ。一年も経ったんだよ、浚——」

——烋。

 「ああ。早いもんだよ…て、じじ臭いな、俺」
 行こう、浚が自転車を押す。
 烋の自転車だ。いや、正しくは烋の自転車“だった”だが。

——どこにいるの?烋。

 「幸いあいつは神様じゃない。いるだろ、この辺に」
 「……うん」
 頷き、自転車の籠から自分の鞄を取り出す。ずしりと重たい荷物を提げた紐が、肩に食い込んだ。

——私には、烋が必要だったのに。



————二年前、春

 “うっかり”寝坊した。今日は待ちに待った入学式だというのに。
 母親は仕事で既に家を空けているし、新入生はまだ自転車通学が認められてないので、電車で行く他ない。
 入学早々遅刻決定か。こりゃまたベタな展開だな。
 朝ご飯をお茶で流し込み、空っぽの鞄を手に桜並木の下を走った。
 綺麗、だなんて考えている暇はない。走っても走っても周りに同じ制服を着た人物はいない。入学式に遅刻だなんて、恥ずかしすぎると思った。

カラーンカラーンカラーンカラーン

 夏祭りと年末年始にしか人が集まらない神社に、珍しい参拝客のようだ。
 ちらとだけ視線を前からずらし、視界の端で人物を捉える。その服装に驚いて、無意識のうちに足を止める。
 制服。自分と同じ、黒のブレザーにプリーツスカート。着くずしてはいるが、凛としていてきれいな後ろ姿だった。
 「あのぉ!」
 自分でも驚くほど自然な流れで声を掛け、相手が振り向いた途端言葉に行き詰まってしまう。声を掛けたものの、自分は何を言おうとしたんだろう。
 「えっと、えっと…」
頭が真っ白になっていく。今頃になって、桜が綺麗だとか、今日は天気がいいだとか、そんなどうでもいいことばかりが脳内を占領する。
 「あ。もしかして新入生?」
 「はい!先輩は二年生ですかっ!」
 「や、あたしも一年」

へ?

 「二年生、今日は休みでしょ。なんで先輩だと思ったの?」
 「え…と……」
 言われてみれば、確かに顔付きがまだ幼い。上級生というよりは、大人びた同級生だ。
 悩んでいると、相手が困ったように苦笑した。
 「いきなりタメ口きいたから?」
 「それもあるけど…後ろ姿とか、制服とか。あんまり一年生っぽくない」
 「なるほど、確かに。よく言われるんだよね、そういうの。
名前聞いてい?あたし、一組の“キュウ”」
 「ああぁぁ!私も一組!青井千花。よろしく……て、苗字は?」
 「難しいから覚えなくてよろしい。よろしく、チカ」
 よろしくね。

 これが、狼少年“キュウ”こと水部烋、もとりきょう、との出会い。かれこれ二年半も前の話だ。
 桃色の踊る、色鮮やかな春だった。