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  【The dazzling bacK】

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 小さい頃から、武道を含むスポーツ全般の稽古を付けていたため、どちらかと言えば勉強よりは運動の方が得意だった。それもこれも、全てはあの二人の血を受け継いだが故の結果だろうが。

 季節は晩夏、暑さ凌ぎにうちわがまだまだ手放せないでいた頃だ。
 『メグムぅ、今日帰りのカラオケ、付き合うでしょ?』
 『ごっめーん!今日仕事入っちゃったんだよね。また誘ってよ~!次は社長に頼んで予定空けてもらうからさ☆』
 ここ最近毎日こうだ。誘われては断り、誘われては断り……正直、仕事の多さに嫌気が差していた。いつまでこんな日が続くのか。
 『嫌ならやめればいいじゃない。ファンの子だって、嫌々続けられるのは不快なんじゃない?満流が小桜のおじさんに拘束されることはないと思う。』
 槙は冷静で正し“そうな”アドバイスをする。確かにそうだ。満流はまだ十三歳で、モデルの仕事も義父に言われるがまま始めただけで拘束性はない。やめたければ辞めることも出来るだろうし、実際に満流もそのことで悩んでいた。
 『そうなんだよねぇ。うーん……そうなんだけどさぁ……芸名があるって、あたしには凄く重要なことなんだよね。ほら、あたしの産みの親は仕事柄世界を又にかけてるから、日本は狭いんだよー。満流って居そうで居ないしさぁ。』
 『まぁ、確かにねぇ。あ、そういえば満流、二年の石垣先輩って知ってる?』
 彼女の口から出た名は、二人の通う鈴峰女子中学校では知らない者はいないほど有名な生徒、陸上、特に短距離走の名手、石垣乙その人。背が低くて可愛くて、男前の性格。フィールドを走らせれば男女問わず敵無し———真偽はともかく、満流の耳にもその評判は届いていた。
 『知ってる知ってる~。可愛くて足が速いヒトでしょ?それが?』
 『今日一日、ずっと満流のこと捜し回ってたらしいわよ。会った?』
 槙の黒く長い髪が揺れる。生温い風が静かに吹いていた。
 ペットボトルのフタを開け、『会ってないね。何だろ?』と首を傾げる。身に覚えがないどころか、満流は彼女の顔すら疎覚えだ。
 『恨まれるようなことはしてないから安心して☆』
 『心配なんかしてないから。案外、ファンなのかもよ?』
 『鈴女のアイドルに好いてもらえるなんて、光栄だなぁ~…なぁんて、ね!』
 快晴の空の下、快活な笑い声を響かせる。笑っている間は何も怖いものなど、ない。


 次の日、満流の席に座り頬杖をついて彼女を待ち受けていたのは、他でもない石垣乙、その人。疎覚えとはいえ、本人を目の前にすれば、流石に名前と顔も一致する。
 そこまでする?他人のクラス、他人の机に我がもの顔で付いている先輩に対し、満流は半ば呆れ、半ば感心した。定刻に来るとは限らない相手を、長い間こうして待っているつもりだったのだろうか。だとすれば、それは大した執念だ。
 『あんたがメグム?』
 満流が前に立つと、怪訝な顔が問った。
 『そーですよー。てゆか、なんだ。先輩もあたしの顔分かんないまんま捜してたんですねぇ。あはは☆』
 『足が速いんだって?タイムは?』
 足の速さ。ハードル走になるとまた事情が変わるが、確かに走ることには自信があった。しかし、学校で本気を出して走った覚えはないし、二度三度会うような人の前でも、全力疾走は見せない様にしている。何故彼女が満流の走りについて知っているのか……不安と焦りを隠しきれない。
 『タイムかぁ…ちゃんと測ったことって無…———』
 『ちょっと来て。』
 『え~…え、ちょっ……えぇっ!?』
 彼女はガタリと音を立てて立ち上がり、満流の腕を掴むと強引に教室の外へ押し出した。周囲が何も声を掛けられないほどあっという間に、その背中は後者の外へと姿を消した。
 皆が呆気に取られる中、誰からともなく不安げな口を開く。
 『だ…大丈夫かな……』
 『大丈夫…なんじゃない…?』
 『何だかんだ、始終笑ってたもんね、メグム…ね、コーちゃん?』
 『大丈夫よ。笑ってる間は無敵だもん、あの子は。』
 槙はメグム直伝の笑顔で周囲を落ち着けた。大丈夫。満流の足の速さを知ってたからって何よ。別に困ることでも何でもない。
 ぎこちない動作で参考書を開いた。


 放課後、朝の約束通りグラウンドに出てみると、既に黄土色の土の上には陸上部の部員達によって、白く美しい線が引かれていた。
 『朝見てもらったんじゃないの?何でまた?』
 二、三メートル先を歩く槙の不思議そうな表情が振り向く。それが四十五度程傾き、言外に不安を訴えていた。何かを心配しているようだ。
 『手抜いて走ったら一発でばれちゃったぁ。分かるもんなんだって。で、槙。何か知ってるなぁ~?』
 『もうすぐ大会があるらしいの。風雲児杯っていう、うちの学校が万年二位の鬼門の大会。もしかしたら…』
 『もしかしたら…て……。あたしを出す気?無茶言うねぇ。』
 『有り得なくはないんだよね…。噂によると、リレーの選抜に選ばれてた先輩、怪我したみたい。』
 『えぇ…』
 大会、イコール、公の場。勿論仕事は無関係。言うまでもなく、本名で出場しなければならない。
 無理だ。満流は思った。万が一あたしの過去を知ってる人がいたらどうする?万が一でも、億が一でも、彼らに通ずる人がいたら?それを避けるために、芸名“メグム”を利用してまでずっと、名前を伏せて生活してきたのに。
 『断るよ、もちろん。』

 だが、思うようには行かないもので、乙の機転と人望により、断るに断れなくなってしまい、結局“練習は前日バトンの受け渡しだけ”、“リレーにしか出ない”、“鈴女生は呼ばない”という条件付きで参加することになった。
 槙は『校長まで出してくるなんて狡い』と非難していたが、当の満流は諦め、結構乗り気になっていた。



 大会前日、たった一日ですっかり打ち解けた陸上部員と満流は、夏の夕日が沈むまで共に過ごした。

 『約束よ。お願いだから、本気で走って。』

 乙の懇願する声を聞くと、そのレースに懸ける彼女の想いは容易に感じ取れた。
 だけどごめんねオト先輩。あたし、本名では目立ちたくない。悪いけど、一位を獲る気はない。

 『風雲児杯ってそんなに強者ばかり集まってるんですか?』
 家路を辿る乙の横を歩く。彼女は少し間を空けて答えた。
 『強者もなにも、相手は女子だけじゃないからね。高校生もいるし。一校を除けばはっきり言って他は敵じゃないけど、あいつらは本当に強いし、セコい。』
 『セコい?』
 『溢れるほど部員がいる癖に、リレーだけの為に陸上部以外を平気で出してくる。能力があれば誰でも良くて、連勝記録だけが、あの学校の関心事。うちは、それが腹立ってしょうがない。』
 今年こそあいつらを破って、目を醒まさしてやる。逞しい目を見、彼女が人に好かれる理由に納得する。
 『真っ直ぐだなぁ。とかいって、あたしもただの助っ人だけで。
 あ、あたしここ曲がるんで。明日、よろしくお願いします。』
 見送った乙の背中は、小さくも立派だ。満流の目には、少し眩しすぎる。