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 <Boys meet girlS>

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 私立琳浚高校。

 文武両道が基本、進学科は彼の有名な東京大学に最も近い場所と呼ばれ、体育科は全国から選りすぐりの選手だけが入ることを許される———そんな所に、小三から始めたバスケくらいしか取り柄のない、平々凡々な十五歳、佐藤渚はウッカリ合格してしまった。しかも、よりによってダメ元で受けた一般入試で進学科に。


 「ねえねえ、佐藤クンって関西の方からわざわざ受けてきたんでしょ?でも関西弁で喋らないよね。何で?」
 「えー。関西弁だと、“アイツ”とキャラ被るから?」
 「“アイツ”?」
 「ぅおーい渚ぁ~。」
 渚の言う、“アイツ”が彼を呼んだ。体育科、一年B組…
 「あっあっ…あれ、タカハシイツルじゃない!?サッカーの!!」
 まだ名前も覚えていない生徒たちが、彼の姿を見た途端一斉に騒ぎ始めた。
 「嘘!まじで?私、あの人のプレー超好き!喋り方も……って、もしかして佐藤クンの言ってる“アイツ”って…」
 「そー、アレ。」
 渚は呆れながら適当に答えた。無理もない。こんなことは、中学二年になった辺りから“よくある”こととなっている。
 「すごーい!タカハシクンって佐藤クンの友達なの?すごーい…」
 こいつは本当に琳浚の進学科なのか、それが渚の率直な感想だった。
 “アイツ”、つまり高橋一流は体育科一年B組、サッカー推薦で琳浚に合格。クオーターで生まれ付き髪が金髪、青い瞳の美男子。そして何より、“何をさせても適当にこなす”ということで昔から女子の注目を集める存在だった。中二の時、初めて出た中体連のサッカー大会で活躍して以来、ずっとこんな感じだ。
 一流は馴れた手つきで寄ってくる女子達を避け、渚の前に立った。
 「お前のハトコ、この間の実力試験満点採ってたやろ!掲示板見たか?」
 「あぁ。そーいや言ってたな、そんなこと。鼻高々ふにぃっ…!!」
 バコーンッ!
 丸めた教科書が渚の後頭部を襲う。感心するほどいい音がした。
 「悪かったわね鼻高々で!!同じクラスなの、忘れてました?」
 しかも斜め後ろにいんのよ斜め後ろに!と鼻を鳴らして憤慨しているのは渚の母親の従姉妹の娘、唯間槙(ただまこずえ)だ。
 槙は渚と同じ進学科一年三組。小学校、中学校でも最高成績を残し、中学では女子校の生徒会長として多くの業績を築いた。勿論この学校においても、彼女の名を知らない者はいないに等しい。

 「何で俺の周りにはこう、すげぇ奴が多いんだ……」
 呟く渚を無視し、槙と一流が話に華を咲かせていた。
 「渚の最後のオネショはぁ~」
 「ぅおいっ!!!」
 ろくでもない話をしていることに気付き、止めに入る。が、彼の立ち位置は“弄られキャラ”。
 「ちょっと黙りなさいよ渚。高橋くんの話が聞こえないじゃない。」
 「そぉーじゃないだろ!!」
 「あ…」
 ある席が一流の目に留まる。槙の左横の席。窓際で後ろから三番目の、前から見れば比較的目立たない場所だ。
 入学して一週間目。普通なら学校が楽しくなり意地でも登校しようとする時期だが、その席は明らかに空。
 「その席、空き?」
 一流が訊ねると、渚が「ああ」と曖昧な相槌をうった。
 「入学式から、ずっと空席。噂じゃ教師と口論して、いきなり停学らしいぜ。」
 「まあ、外れてないわね。」
 意味深な発言をする槙。どうやら彼女は事情を知っているらしかった。
 「友達なのよ。」
 槙のたれ目が若干下がり、性格からは予想出来ないおっとりとした笑顔が浮かぶ。一流は少しドキッとした。
 「あ、メグムの話っ!?」
 渚の前から女子が話に割り込んでくる。
 「メグムはねー、担任とケンカしたんだよ。あと、仕事が忙しい。ね、コーちゃん。」
 “コーちゃん”、というのは槙の小学校時代からの愛称。彼女を知る人間は、大抵そう呼んでいる。
 「仕事?」
 「あ、モデルなの、その子。だから別に停学な訳じゃない。先生の態度が気に入らないって、自分で選んで来てないだけ。」
 槙が淡々と答える。まるで当然のことを説明するような口ぶりだが、はっきり言って進学校でする事ではない。今日は来てたはずだけど、と言い掛けたところで、勢いよく教室のドアが開いた。
 「槙!この薄情者!!」
 飛び込ん出来たのは、すらっとした体型で、栗色に頭を染め、制服を完璧に着こなした女生徒。ふうっ、と息を吐き上がった呼吸を落ち着ける様子に、それとなく“オーラ”を感じる。
 彼女は体勢を整えると、真っすぐ槙の方へと歩いた。
 「親友が困ってたら、助けるのが人情ってもんでしょーがっ!」
 まるで幼い子どもを怒る親のような、どこかじゃれた叱り方をする。槙は笑って「先輩と話してただけでしょ?」と言った。
 「あたしがあの先輩苦手なの、知ってるでしょー?」
 大変だったんだから。文句を言いつつ笑う彼女はわりかし穏やかで、透き通るその声が心地よいと、その場の男子生徒たちは感じた。
 「メグム!卒業式ぶり!」「この前の雑誌の表紙、凄く良かった!」「来週から始まる連ドラ、主演って本当?聞いてないよ~。」
 次々と声を掛ける女生徒達。彼女たちは初対面ではない。
 一流が近くにいた知らない生徒に声を掛ける。
 「有名人だから?それとも知り合い?」
 「あぁ、そっか。ここがどういうとこだか知らないんだ。こっち来たばっかだから。」
 訊ねられた女は“メグム”と呼ばれる彼女にあまり興味がないのか、説明する口調が冷めている。ここにもやはり、慣れという言葉が付きまとうようだ。

 聞くところによると、琳浚高校というところは“スズジョ”——鈴峰女子中学校——という私立中学の卒業生の溜り場となっているらしい。そして彼女もその例外ではない。
 「鈴女は中学のレベルはかなり高いけど、高校の学力はガクンと下がるからね。鈴女の半分は琳浚にいるし、クラスの女子のほとんどは鈴女。そこの男子は「頭悪そう」なんて目で見てるけど、みんなそれなりの頭してるよ。ま、体育科のあんたには関係ないかもしれないけどね。」
 “そこの男子”と指差されたのは渚。腹を立てながらも、偶然合格出来た感が否めない彼は何も言い返せなかった。一流は嫌味を軽く受け流し、メグムが来たため空いた渚の右隣の椅子をひいて腰を掛ける。
 何かが彼の興味を惹いたらしく、頬杖を吐き「俺も一般で受けりゃ良かったかな」と余裕発言。渚への配慮は全くない。渚も、特にそれで嫌な気分にはならない。
 「多分一般でも受かっただろうな。イツは。」
 「体育科もおもろいけどな。楽やし。」
 昔から変わらない、悪戯っぽい笑み、“にっ”。渚は遠い記憶の、あの黒髪の少女を想った。

 あの少女は、今ごろどこで何をしているのだろうか?


 「なぁ、先生と喧嘩って、何したの?」
 ほとぼりが冷めた頃、休憩時間に槙とメグムの三人で話をする機会があったので、渚はそれとなく聞いてみた。メグムは少し悩んでいたが、嫌な顔一つせず答える。
 「あたしね、自分の名前がキライなの。だから“メグム”って呼ぶようにして貰ってるんだけど、ここのセンセー頭堅くてさぁ!『もういい学校来ない』って言っちゃった。」
 メグムは苦笑すると、ちゃんと和解したけどね!と付け加えた。
 恐らく本当に嫌いなのだろう。メグムを中学から知っている人間も、彼女の名字を訊ねるとほとんどが肩をすくめ、知っているらしい者達も固く口止めされている。担任の持つ名簿にも載っていない。徹底的に、自分の本名を消しているのだ。
 ズーッと音を立てて紙パックのジュースを飲み干すと、それを投げてごみ箱へ入れる。メグムは上手いと褒め、槙は行儀が悪いと叱った。
 春の日差しと風は、妙に心地いい。
 「唯間、これミキさんに渡しといて。あと、今日バイト休むって。ヨロシク。」
 そう言って槙の前に分厚い茶封筒を投げたのは、さっき一流が声をかけた無愛想な女だった。封筒には何か重要な書類でも入っているのか、開封厳禁の赤い文字。口はしっかり糊で閉じられ、刃物で切らなければ開きそうにない。
 ミキさんは槙の母で、街の片隅で定食屋を営んでいる。小さな店だが、知る人ぞ知る名店。その自慢話を、渚はよく母親から聞かされたものだった。
 「ハイハイ。でも、こういう大事な物、私に預けていいわけ?」
 槙が挑戦的な目で女を見た。女は一瞬黙ったが、すぐに口角の緊張を解く。
 「…見てみれば?あんたの特になるようなことは無いと思うよ。」
 「……。」
 「どうせ見やしないでしょ。そんな意味の無いこと聞くなんて、らしくないんじゃない?」
 女がこの日初めて生きた目をする……いや、正確には、二度目。一流が渚の教室に現れた時、一瞬だが女が目の色を変えたのを、渚は消して見逃さなかった。
 「何だよ、この二人。仲悪いのか?」
 小声でメグムに訊ねると、にっこりと返答する。
 「大丈夫大丈夫。昔からこんなんだから。ト○とジェ○ーみたいな?放っといてもその内治まるよ☆」
 「大丈夫か?それ……」
 「多分ねっ!」
 メグムの目が細くなる。無邪気で、癒しを与えるような笑顔。確かな温もりを持ち、光のような表情。春だからこそそう見えたのか、散り始めた桜がそれを助けたのか、“陽だまりみたい”。そういう印象を受ける———なるほど、通りで騒がれるわけ。モデルって、すげえ———渚は思った。

 そして、空になった自分の右手を見つめる。
 ———きっと、絶望なんて、知らねえんだろうな———