花びらが後ろにある気配でわかる。きょうもかわいいお嬢ちゃんがやってくるのが。
「とてとて。とて。佐野のおじちゃまぁ。」
「あなた、篠宮さんの奥さまとお嬢ちゃん。」
妻のあかねがメモで知らせてくれた。
すずらん堂は小さな本屋だし、そう品揃えも多くはないのだが、篠宮家の皆さんは、なぜだかごひいきにしてくださる。特に彩音ちゃん。
小さな看板娘だ。
彩音ちゃん、おじちゃまは、お耳が聴こえないのよ、彩音ちゃん、とてとての、足の音だけでお客さまがわかるでしょう?だから、お手伝いをしてね。そういって、篠宮のうちに、誰もいなくなる時間があると、母親の枝里さんがいつも、彩音ちゃんを看板娘に寄越してくれる。
うちが子守をお願いしてるだけなんです。よろしくお願いいたします。と丁寧に。
ひとこと、なにかお困りのことがあったらワーカーの比嘉に伝えますよ。と添えるのを忘れない。面談の日にうかがいます。行ってらっしゃい。といつも、僕が答えるのも彼女は知っている。
「はい。彩音ちゃん、おとうさまの、ご本、ベートーベンさんの。
じゃあ おじちゃまの右側にお椅子があるよ。おててでさわって、わかるかな?座っていらっしゃいませして、大きな声でお客様ですよって教えてね。」このちいさなお嬢ちゃまもまた、目が見えない。
あかねが彩音ちゃんの世話を見ている。
子どもがないぶん、いとおしむのに気づいて篠宮のうちの方たちは、相談の上、彩音ちゃんをこちらに寄越してくれる。ありがたいのはこちらだ。
と、そのとき。
「すずらんどうです。あかねおばちゃま、おでんわです。」とかわいい書き起こしが僕のパソコンに飛び込んでくる。彩音ちゃんのお店番。
店の会話は書き起こされて、メール形式で、僕に伝わるようになっているのだ。
「ありがとう。彩音ちゃん、おじちゃま、彩音ちゃんのお電話、手品でわかるわ。」妻の言葉もまた、同じように伝わる。彩音ちゃんありがとう。助かったよ。漢字ばかりの僕の言葉をあかねが彩音ちゃんに伝えている。えへへ♪彩音ちゃんの笑い声が文字になる。
きょうも閑古鳥が鳴いた、でも、僕は気にしない。とうさま!彩音ちゃんの嬉しそうな声が、ディスプレイにうかぶ。
「ただいま。彩音。お手伝いできたかな?」
そこで僕は出ていって 小さな本屋の仕事をする。ああ、本が入りましたか。
彩音をきょうも、ありがとう。いつも、ご主人はそうかいてくださる。
僕は、妻にメモを差し出した。
あかね、きょうは店を閉めようか。いい、いちにちだったね。
すずらん堂 完