【38カ月目の福島はいま】漁師町に交錯する「復興への願い」と「福島産忌避への共感」~相馬市 | 民の声新聞

【38カ月目の福島はいま】漁師町に交錯する「復興への願い」と「福島産忌避への共感」~相馬市

海産物で相馬市を盛り上げたいけど、食べたくないという心情も理解できる─。福島交通などの企画「福島バス物語」を利用して相馬市を訪ねた。自ら被災したタクシー運転手に案内してもらいながら、海鮮料理店で漁港で、復興への願いと「福島産」を避ける不安感への共感という、相反する想いが交錯する現実に接した。



【試験操業と海の男の本音】

 初夏のような暑さの中、相馬市原釜地区の相馬港では、試験操業から帰港した漁船からタコやカレイなどが次々と水揚げされていた。漁船が接岸すると男たちがクレーンを使って魚の入った樽のような容器を陸に揚げて行く。パレットに乗せられた樽はフォークリフトで放射性物質の検査場へ運ばれる。

 「現在、ミズダコや毛ガニ、コウナゴ、アカガレイなど31の魚種が安全が確認され水揚げされています。本来、漁業は二泊三日くらいの日程で行いますが、今は朝、船を出して昼過ぎには帰ってくる状態です。水揚げされている魚は、水深135メートルより深い海域で獲られたものです」

 相馬双葉漁業協同組合の職員は、安全性を強調した。「市場に流通している魚は、すべて検査をクリアしたものだから安全です。もちろん、全匹を調べるわけにはいかないけれど、泳いでいる海域は同じなのだから、サンプル検査で十分です」。

 しかし、原発事故直後から高濃度汚染水が海に流出し続け、今も解決できていない。福島県内のみならず、周辺県で水揚げされた水産物から100ベクレル/kgを超える放射性セシウムが検出されているのが実情だ。

 「もちろん、どれだけ検査をして国の基準値を上回る数値が出なかったとしても、それでも福島の魚は食べたくないと言う人はいるでしょう。それは仕方のないことです。それぞれ考え方がありますし、第一、原発事故以降、国や行政が様々な情報を出してこなかったのですから。公表される情報への不信感は強いですよね」

 海の男たちは黙々と水揚げ作業を続ける。フォークリフトを運転していた初老の男性は、苦笑交じりに本音を語った。

 「原発事故で海が汚され、忘れた頃に汚染水の問題が起きる。全国の人々は、福島の魚は危ないと思ってるんだろうね。俺もこういう状況では、孫にはここの魚はちょっと食わせられないな。俺はもうこの歳だから良いけどね。孫には将来があるからなぁ」
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相馬港では、タコやカレイなどが水揚げされていた。

相馬双葉漁協の関係者は「これから検査をします。

基準値以内のものしか流通させません。自信を持って

出しています」と話した=相馬市原釜



【おかみさんの苦悩と共感】

 相馬市尾浜にある海鮮料理店は、平日というのに順番を待つ列が出来ていた。「予約をしないと駄目ですね。特に土日は相当待ちますよ」とタクシー運転手。海鮮丼は、相馬原釜漁港で水揚げされたタコのほか県外から取り寄せたエビやホタテ、マグロ、タイ、カンパチの刺身が盛りつけられている。これにコウナゴの佃煮とアサリの味噌汁が付く。
 「何が事実で何が誤解かなんて、実際には分からないですよね」。夫と共に店を切り盛りする女性(58)は、客でにぎわう店内で冷静に語り始めた。
 「今回の『美味しんぼ』の騒動だって、描いてあることは事実無根ではないのでしょう。もちろん、復興を進めている人にとっては風評被害だということになるのでしょうけれど…」
 大地震と原発事故から3年。「頑張るしかないんです」と話す。「頑張るしかない。でもね、時々思うんです。本当にこれで良いのだろうか、本当に福島の魚を売って良いのだろうかって。本当のことが分からないのだから、対処のしようが無いですもの」
 以前、実家のあるいわき市で今回のような原発事故がいつか起こり得るという話を聴いたことがあった。そして、残念ながらそれは現実のものとなった。「ここで暮らして行く以上、復興も押し進めなければいけません。でも、本当の数値はどうなんでしょうか。自分らは良いけど子や孫たちは…。とにかく数値を全てオープンにして消費者の方々に判断していただくしかないですよね」

店が忙しさを増し、短いインタビューは終わった。おかみさんは、最後にこう話した。

 「私も東京で生まれ育って母親になっていたら、やっぱり福島産を子どもには食べさせないと思います。気持ちは良く分かります」

 まるで、わが子を守ろうと奔走する母親たちへのメッセージのようだった。
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甚大な津波被害を受けた原釜地区。市場や住宅が波

に飲み込まれた。市は新たな建築に適さない「災害危

険区域」に指定している。タクシー運転手の自宅も津

波の直撃を受けた

【自身の被災伝えるタクシー運転手】

 2時間ほど市内を案内してくれたタクシー運転手(58)は2011年3月11日、勤務するタクシー会社の休憩室で休んでいる時に大きな揺れに襲われた。

 「とっさに逃げ口を確保しようと扉に向かったんだけど立っていられない。四つん這いになってようやく開けることができたよ」

 父親が海岸線近くに建てた自宅は、胸の高さほどの波が直撃し、一階部分が激しく損傷した。1年9カ月余の避難所生活。毎日のように自宅に通って片付けた。気付けば、防風林などで遮られていたはずの視界が完全に開かれ、自宅から波しぶきが丸見えになった。津波の威力を思い知った瞬間。先の見えない日々に慣れない避難所生活で体調を崩し、病院に通った時期もあった。「あの頃は、毎日がどん底でした…」。今では高台に自宅を再建し、体調も落ち着いて両親、妻と穏やかな毎日を送っているという。

 「福島バス物語」が今年4月から始まり、期せずして震災の語り部となった。案内した乗客は私で3人目。「いくら安全だと言っても、文字ではなかなか伝わらないからね。やはり足を運んで現場を体験して欲しい。相馬市に来てもらえば分ってもらえるかな」。

 終始、にこやかな表情だった運転手が、涙を浮かべたようになった瞬間があった。津波の直撃を受けた住宅地を訪れた時のこと。

 「ここで波に飲まれた幼い兄妹が見つかったんですよ。お兄ちゃんが妹をかばうように手をつないでね…」

 もう3年、まだ3年。大地震も原発事故も過去の出来事にはなっていない。現在進行形の哀しみや苦悩がある。



※「福島バス物語」は、高速バスや路線バスとタクシー乗車券や施設利用券がセットになった日帰り旅行プラン。福島県内の路線バス会社4社で構成する「福島県観光二次交通連絡協議会」が運営している。今回、利用した「相馬復興! 海鮮丼とタクシーパック」は22あるコースの一つ。バス代、タクシー代、海鮮丼代込みで7550円。

(了)