【浪江町ルポ2013(上)】倒れたままの墓石と住めないわが家の屋根瓦修繕 | 民の声新聞

【浪江町ルポ2013(上)】倒れたままの墓石と住めないわが家の屋根瓦修繕

4カ月ぶりに浪江町に入った。原発事故から29カ月が経ち、警戒区域が再編されても高濃度汚染は解消されず、現実の街の状態は「帰還」の大合唱とは対照的だ。お盆を迎えても、墓石は倒れたまま。誰も住んでいない民家では、職人が哀しげに屋根瓦修繕に汗を流す。ようやく梅雨が明け、灼熱の太陽が照りつける福島県浜通り。だが、町民で再び町がにぎわうの日は来るのか。まるで濃い霧に包まれているようだ。


【丹念に育てた木瓜の実も味わえず】

原発事故から3度目のお盆。蝉しぐれの下を汗だくになりながら登る。中通りでの避難生活が続く男性(59)の父親と、生後間もなくに亡くなった弟が眠る西台墓地。立派な墓石が並んでいるが、激しい揺れで倒れたままになっているものも少なくない。

「墓石って思いのほか重くてね、なかなか元通りにできるものじゃないんだよ」。男性が苦笑交じりに言う。震災前までは、お盆の墓参時には水で墓石を洗った後にワックスがけをするほど大切にしてきた。高齢の母親のことを思うと別の場所に墓を移すことも考えるが、場所をどこにするか、費用はどうやって捻出するかを考えると、なかなか具体化しない。「原発事故さえなければ、今まで通り自宅で生活できていれば、とっくに直せたよ」。

許可証の要る一時帰宅では、福島第一原発から10km圏内の自宅に立ち寄るのが精一杯。7月にも母親とともに一時帰宅し、庭に面した部屋の障子を張り替えた。「誰が見るわけでもないんだけどさ、何となく家の中が見えるのは嫌だな、と思ってね」。真新しい障子紙を指さし、男性は笑った。

庭で花や野菜を育てるのが好きだった男性。空間線量は、依然として4-5μSVに達する。しかし、大切に育てていた木瓜(ボケ)がきれいな緑色の実をつけていても、食べることは叶わない。「木瓜の中でも、この品種だけが実を食べることができるらしいんですよ。どんな味だったのかな…。原発事故のおかげで味も知らない」。
民の声新聞-検問
民の声新聞-墓地①
民の声新聞-請戸川
(上)浪江町に入るには町発行の許可証が必要。

民間警備員が許可証と身分証を確認する

(中)男性の父親が眠る墓では、重たい墓石が倒

れていた

(下)夏はアユ釣りを楽しんだという請戸川。川沿

いの道路は13μSVを超す

【繰り返される〝大本営発表〟への怒り】

川俣町へ抜ける国道114号。それに沿うように流れる請戸川は、真夏の陽光に水面を光らせながら、清々しく流れていた。ハンドルを握りながら、男性がため息をつく。「原発事故が起きて、これだけ酷く汚染されてしまったのに、この景色だけを切り取ればきれいな田舎の一場面だよね。葉っぱが赤茶けるわけでもない、川水が濁るわけでもない。だから余計に切ないよね」。

男性にとって、夏といえばアユ釣りだった。おとりのアユに針をつけてアユの群れがありそうな地点に放つ。縄張り意識の強いアユが、〝侵入者〟を追い出そうとして攻撃する習性を利用した手法。朝早く、または夕方になるとアユ釣りを楽しんだという。しかし、それも今は昔。子どもたちの川遊びも、遠い夏の思い出になってしまった。

「日本はいま、まるで戦時中の世の中のようだよ。あの頃、国民は『順調に勝利を重ねている』という大本営発表を信じ込まされた。放射能汚染も同じだよね。国も地元紙も被曝は無い、汚染も無い。除染をすればいずれ帰れる、福島に帰ろうの大合唱。こんな状態でどうやって帰れと言うのか」

男性の怒りは止まらない。賠償金引き上げを求める町の集団申し立てにも加わったが、東電の回答は引き揚げ拒否だった。「これだけの事故なのに、誰も責任をとらない。誰も逮捕されない。どれだけ考えても理解できないよ。つまらない事件でも逮捕され新聞に名前が載るのに、東電幹部も政治家もそのまま。冗談じゃないよ」。

告訴団にも名前を連ねているが、捜査は遅々として進まない。

間もなく終戦記念日。だが、浪江町の〝終戦〟はまだまだ先だ。
民の声新聞-津島小学校
民の声新聞-男性宅
民の声新聞

(上)津島小学校の入り口付近では、3μSVを超

した

(中)(下)福島第一原発から10km圏内の男性宅。

庭の放射線量は依然として4.6μSV超。せっかく

育てた木瓜の実も食べられない

【住めなくても我が家…屋根瓦職人の悲哀】

「だいぶやられていますからね。相当、雨漏りしちゃってます」。浪江中学校近くの民家では、町内の瓦職人が避難先の南相馬市から駆け付け、修繕に取り掛かっていた。手元の線量計は2.5μSV前後を行き来している。爆発事故から2年5カ月を経てもなお、この数値。この職人とて、屋根瓦を直したところで住人が
すぐに帰れるわけではないことは良く分かっている。

「帰還、帰還と言うけれど、容易じゃありませんよ。だって、仮に戻ってきたとして、じゃあ畑仕事できますか?食べられますか?そんな状態で戻ってきて住んだって、そんなの人間らしい街ではありませんよ」
表情は柔和なままだが、心の内を吐き出すような言葉。さらに、屋根瓦の修繕を依頼してきた住人の気持ちも思い遣った。

「恐らく、今さら直したところで、家の中は相当傷んでいるでしょうね。でもね、退職金つぎ込んで、ようやく手に入れた大切なわが家。これ以上濡らしたくないと思うのは当然です。複雑ですね…」

水道や電気、ガスなどのライフラインが復旧していない浪江町。浪江中学校の校庭には、伸び放題の雑草を避けるように一時帰宅した町民のための仮設トイレが設置されていた。貯水タンクが併設された水洗トイレ。手元の線量計は5μSVを超えていた。昨年9月に訪れた時より2μSV下がったが、依然として高線量に変わりない。

除染をすれば線量が下がると言うが、除染で生じた汚染物はどこに隔離するのか。放射線量が2μSVを超す津島中学校の校庭は、汚染物の仮置き場になっていた。

下がらぬ放射線量にライフラインの整備…。警戒区域への帰還は、国や地元メディアが喧伝するほど簡単には進まない。
民の声新聞-浪江中①
民の声新聞-浪江中③
民の声新聞-津島中
(上)(中)昨年9月には7μSVを超していた浪江中

学校の校庭。依然として5μSVを上回る。ここで

も3.11で時が止まっている

(下)除染で生じた汚染物の仮置き場になってい

た津島中学校の校庭

(了)