【小国小学校】校舎を取り巻く放射線と児童の疲弊と母親の葛藤~伊達市 | 民の声新聞

【小国小学校】校舎を取り巻く放射線と児童の疲弊と母親の葛藤~伊達市

高濃度汚染が深刻な伊達市の小国小学校。隣接する農地の除染によって50μSVを超す放射線量は計測されなくなったが、依然として1.0μSVを超す個所が点在する。依然として改善されない状況に、とうとう新入生がゼロという事態を迎えた。転校を強いられた児童もいる。一方で、子どもの負担を考えて避難先からの通学をやめ、自宅に戻ろうかと考えている母親も。市教委や学校が子どもを守ろうと一貫した信念を持たないから、子どもたちが振り回される。いつまで子どもたちを苦しめるのか


【無数の汚染土と除染しきれない現実】

異様としか言い様の無い光景だった。

伊達市立小国小学校(霊山町下小国)。

真っ黒いフレコンバッグが数十、いや、百はあるだろうか。学校に隣接した農地に並べられている。それぞれに、白いインクで放射線量が記載されている。除染で生じた汚染土。2月の段階で50μSVを超していたプール横の用水路も、雑草がきれいに刈り取られていた。これで、子どもたちは少しは安心して通えるようになるのかと線量計を手に用水路に降りてみる。すると、淡い期待は一瞬にして打ち砕かれた。除染をしてもなお、1.0μSVを超す。用水路のさらに奥にまで線量計を突っ込むと、4-5μSVに達した。「除染」と言いながら、表面的にしか取り除くことのできない汚染。卒業式のリハーサルだろうか。子どもたちの合唱が聴こえる体育館の裏手に回ると、雑草の茂った一帯は1.3μSV前後と依然として高線量だった。学校側は「ロープを張り立ち入りを禁じている」と言うが、そこに立ち入るか否かではなく、放射線が飛び交うような環境が、体育館やプール、校舎を取り囲んでいるのが実情なのだ。

除染作業を請け負った業者は「線量が高かった用水路ののり面もきちんと除染しましたよ。市の仮置き場に移動させるまでの間、農地にこうして保管します」と話した。作業は、車道をはさんだ反対側の農地に移っている。だが、フレコンバッグが並ぶ農地を歩いてみると、校舎のちょうど反対側で2.0μSVを超した。これでも除染をしたというのか?こんな劣悪な環境下で通い続けた12人の6年生は22日、卒業式を迎える。そして新学期。今のところ、小国小学校の門をくぐる新入生はいない。
民の声新聞-小国③
民の声新聞-小国②
民の声新聞-小国④
小国小学校に隣接する農地では、除染作業が終了。

汚染土の入ったフレコンバッグには線量が記入され、

3.0μSV超も。しかし、除染が終わったはずの農地で

は、依然として2.0μSVを超す個所もあった。児童た

ちを取り巻く環境は、まったく改善されていない

=伊達市霊山町下小国


【二重生活に疲弊するわが子、心痛める母親】

やっぱり戻るべきか─。母親として何がわが子にとって最良の方策なのか。苦悩と葛藤が続く。

小国小学校に2年生の息子と4年生の娘を通わせるAさん(39)は、自宅が特定避難勧奨地点に指定されたことを受け、2011年11月から伊達市西部の民間借り上げ住宅に避難している。子どもたちは市が用意した通学用タクシーで登校。下校すると本来の自宅に戻り、両親や祖父母らと合流。夜9時頃に避難先のマンションに戻るという二重生活が続いている。

自宅は小学校から徒歩圏内だが、通学路での被曝を避けようとスクールバスを利用している。だが、息子は「歩いて帰りたいな」とポツリ。せめて少しでも被曝量を減らそうという親心が実は子どもたちを疲れさせているのではないか。悩んでも結論は出ない。

「子どもたちは、二重生活で疲れてしまっています。『もう、ここで寝たい』って言う気持ちも分かります。放射線量からの避難をとるのか、子どもたちの精神的な疲弊を重視するべきか。本当は遠くに母子避難したいんですけどね」

だが、家族は母子避難に反対している。夫の考えは「今の放射線量ならば内部被曝に気を付けていれば大丈夫なんじゃないか」「むしろ外遊びをさせて子どもたちのストレスを取り除いてあげる方が良い」。結局、母子避難に踏み切れない自分にももどかしさが募る。「手に職でもあれば避難するんですけど、生活できるのか不安ですし、家族がこれだけ反対していると強行突破できないんですよね」。自宅を新築してまだ3年。住宅ローンも始まったばかりで避難に反対する夫の気持ちも理解できるという。

転校させることも考えた。だが、転校先で友人関係をうまく作ることができるか。そう考えると不安が先に立ってしまい二の足を踏んでしまう。結局、残された選択肢は「母子避難をやめて下小国に戻る」だった。

「戻る方向になるでしょうね。通学タクシーは打ち切ると市教委から言われているし、地産地消の学校給食を食べさせないためにお弁当を持たせることも考えているので、送迎と弁当作りの負担は大きいです。除染が完全に終わるまで、学校丸ごと疎開させてくれれば良かったんですけどね」

玄関先で最高3.2μSVあった自宅の放射線量は除染で下がったというものの、2階のベランダでは依然として0.4μSVに達している。自宅も学校も、決して環境が改善されたとは思っていない。でも、もはやこれしか道はない。Aさんは追い詰められてしまった。

「遠くに行きたいですね。保養でお世話になった愛知県に行きたい」

苦悩が解消されないまま、春休みが始まる。そして新学期。子どもたちはどちらの家から登校することになるのだろうか。
民の声新聞-用水路①
民の声新聞-用水路②
民の声新聞-ガラスバッヂ
(上)(中)除染が済んでも、依然として4.0μSVを

超す用水路。これでも安全か?

(下)放射線が飛び交う中、子どもたちはガラスバ

ッジをランドセルにぶら下げて小国小学校に通う


【行政への不信感募らせる住民】

飲食店主は、行政への不信感を口にした。

「学校の除染をしたと言っても、通学路は終わっていない。通学支援もあったけど、伊達市から外へ避難してしまうと対象にならなかった。そもそも、特定避難勧奨地点の指定が始まってから、すべてがうやむやにされているんですよ。そんな状態で小国小学校にわが子を入学させようとする親がいないのは当たり前です」

校舎から少し離れた林道の中腹に、稲わらや堆肥、牧草などの農業系汚染廃棄物の仮置き場がある。敷地の入り口付近ののり面は、1.4μSVを超す高線量。雨水でさらに低い土地へ汚染が拡散することは容易に想像できる。だが、伊達市は小国小学校の一時移転や集団疎開など、まったく検討すらしていない。現在の校舎で、4月以降も子どもたちは学校生活を送る。
民の声新聞-体育館①
民の声新聞-体育館②
1.3μSVを超す体育館裏。子どもたちが日常的に

立ち入らなければ高線量を放置しても良いのか

(了)