【23カ月目の福島はいま】進まぬ除染、続く汚染。「私が息子を守る」と闘う母親~二本松市
〝智恵子の里〟二本松市を、ほぼ1年ぶりに歩いた。民家の高濃度汚染は依然として続き、至る所で線量計の数値が上がる。行政は5か年計画で宅地除染を始めているが、汚染土などの仮置き場の確保に難航、スムーズに進んでいないのが現状だ。冷笑にもめげずにわが子を守り続ける母親、自己除染費用を何とか東電に賠償させようと奔走する市職員。原発事故から2年が経過しても、収束はおろか被曝との闘いは緒についたばかりだ。
【自分がやらなきゃ誰も子どもを守ってくれない】
「ウチの放射線量は、原発事故以来ずっと高いんだよ」
JR東北本線・安達駅からほど近い二本松市油井地区。女性(68)に手招きされて民家の庭先に向かう。言われるままに雨どいに線量計を近づけると、線量計の数値は一気に10μSVを突破した。傍らで見守っていた女性が「原発事故の直後は30μSV近くあったんだよ」とつぶやく。別の雨どいでは、7.0μSV前後。中学2年生になる孫には、なるべく近寄らないように言い続けている。しばらくブルーシートで覆っていたが、いつまでもそうしているわけにもいかず、外してしまった。市には昨年9月の段階で除染同意書を提出しているものの、実際に除染作業が行われるのはいつになるのか、予定は全く立っていない。孫がマスクを嫌がらずに使い続けていることだけが、せめてもの救いだと言った。畑で収穫した野菜に孫が箸をのばそうとすると、皿ごと引っ込めてしまう自分が哀しい、とも。
その中学生の母親(48)は、チェルノブイリ原発事故当時に文献を読み漁った経験から、福島原発事故以降、息子を守るためにできることは全てやってきた。マスク常備は当たり前。玄関に衣装ケースを置き、洋服をはたいて脱ぎいれるようにさせた。知人には「そこまでする必要があるのか」と冷ややかな視線を浴びたこともある。だが「よそはよそ。ウチはウチ。自分がやらなきゃ、誰も子どもを守ってはくれませんよ」と言い切る。
専用ファイルも作った。資料は全て保管していくつもりだ。甲状腺検査の結果は「問題なし」。ガラスバッジによる積算被曝線量(2012年5月~7月)も0.13mSVで、健康に悪影響はないとの結論だった。だが、将来の健康被害への不安は払拭されない。「県の問診票だけは、まだ提出できないでいるんですよ。事故直後はなるべく屋外に出させないように気を付けていました。それを明記したら、将来病気になったとしても補償の対象外にされてしまうのではないかと思うと…」
取材中、あまり怒りを前面に出さなかった祖母が、最後にひと言だけ怒りを込めて話した。
「原発事故は終わった?冗談じゃない。こういう場所に何カ月も住んでみて欲しいよ。マスクもせず、福島の野菜を食べて。俺らと同じ生活をしてみれば分かるだろうよ」
(上)(中)雨どい直下で10μSVを超した民家。「原発
事故直後は30μSVくらいあったよ」と祖母は嘆いた
(下)母親は、息子たちの健康管理のために専用ファ
イルを作った。「将来、健康被害が起きた場合に『原発
と無関係』とは言われたくないです」
=二本松市油井
【あきらめた桃づくりと汚された水田】
「放射線量?高いのは分かっているけど、気にしていたら住めねえっぺよ」
50代の男性は布団干しの手を休めて苦笑した。
長年、育てた桃の木は事故後、切ってしまった。無機質な幹だけが、寒風吹きすさぶ農地の真ん中に立っている。死んでしまった木を前に「あのまま作り続けていれば、補償金もらえたんだろ?切らなきゃ良かったよ」と冗談交じりに話す。横浜に暮らす娘からは「やっぱりウチの桃が一番美味しい」と言われたという。「家の除染?ウチは小さい子どももいないし、優先順位が低いんだろうな。当分先じゃねえか?」。補償金はさておき、再び桃づくりをはじめようかと考えている。数年後にはまた、娘に桃を食べさせてやれるだろうかと考える。
先祖代々続く専業農家の男性(65)は原発事故直後、雨どい直下に線量計をかざすと2.0μSVを超したと振り返る。「すぐに役場に行ったが、門前払いだったよ」。昨年は稲作を中止した。父親から受け継いだ土地がどれだけ汚染されているか、想像もつかない。
30代の息子は郡山に暮らしているが、妻と小中学生の子どもは新潟県に避難させている。孫の顔を見る機会も少なくなったが、放射線を思うと仕方ない。自宅前の水田の一角が10μSVあったと告げると「まだそんなに高いか」とつぶやいた。
この男性宅、庭先で手元の線量計は0.3μSV前後を示した。低いように思えるが、単純換算で年2.0mSVに達する値。さらに「あの頃は高かった」と言った雨どいに近づけると、3.0μSVを突破した。高濃度汚染は過去の話ではない。現在進行形だ。
(上)セブンイレブン福島安達店の駐車場
(中)二本松市役所入り口に敷き詰められたタイル
の隙間から生えているコケに線量計をかざすと1.4
μSVを超した
(下)市職員も認める六角川の高濃度汚染。1.8μSV
を超すような場所に子どもを近づけてはいけない。川
底土壌の汚染はいかばかりか
【除染のネックは仮置き場の確保】
二本松市は、市内を空間線量率の高い順に3つにグループ分けして18歳未満の子どもがいる世帯を対象に宅地除染を始めている。現在、第2期除染の実施中。安達駅周辺は第3期に分類されるが、いつから着手できるか見通しが立たない状況という。
「とにかく住環境から汚染物質を取り除こうと、表土除去と雨どいの洗浄を行います」と放射能測定除染課の男性職員。除染で生じた汚染土などは、民家の敷地内に一時保管するが、移動のあてはない。広い土地の地権者の同意が得られず、市としての仮置き場が確保できていないからだ。
「汚染物質を自分の土地に置きたくないという感情は当然だと思います。ましてや、他人の家から生じたものなら尚更でしょう。国に早く中間貯蔵施設をつくってもらい、そちらに移動させたい。遅くても5年後には移動させたいと考えています」
市民の中には、市の除染を待ち切れずに自分で業者に依頼する人もいる。だが、費用は自己負担。東電も賠償する意思はない。「東電に相談したが、けんもほろろに門前払いされた」と悔しがる市民の姿を少なからず見てきた。「なぜ被害者が自分の金で掃除をしなければいけないのか」と、男性職員は市内にある東電の賠償相談窓口に出向いたが「本店に伝えます」「お話は承りました」などと木で鼻を括ったような対応ばかりだったという。「そもそも看板すら出さず、直通電話の番号も公表していない。それで何が〝相談窓口〟だ」と怒りを隠さない。
市内に高線量スポットが点在するのは良く分かっている。「しかし、動きたくても動けない事情もあるのです」と職員。法の壁や縦割り行政の弊害だ。
二本松駅前を流れる六角川。河川敷は高さ1㍍で測っても2.0μSV前後と高線量。市は川底の汚泥が高濃度に汚染しているために周辺の放射線量が下がらないとみているが、川の管理者は福島県。「河川法」によって市が川底の汚泥を除去することはできないという。
「仮に県が汚泥除去をするにしても、やはり仮置き場の確保が課題になるから、なかなか進まないでしょうね」。
コンビニの駐車場、市役所のタイル…。歩くほどに、放射線量の高さを思い知る。ホットスポットの存在を知った市民から連絡があったらどうするか、その問いに職員は少し考えて、答えた。「実際に職員が出向いて線量を測り、記録します。どうしても早く何とかしたいと言う人には、『除染セット』を差し上げるので自分でやっていただくしかありません。希望があればつるはしやスコップもお貸しします」
放射能測定除染課の片隅には、ブルーシートや手袋、フレコンバッグやマスクなどが入った袋が積み上げられていた。避難もままならず、二本松市で暮らすには自ら除染をしなければならない。「自分がやらなきゃ誰が守ってくれるのか」という母親の言葉が頭をよぎる。まるで戦場だ。
(了)