フルーツ王国を支える桃農家の怒り~原発事故前の土地と信用を返せ | 民の声新聞

フルーツ王国を支える桃農家の怒り~原発事故前の土地と信用を返せ

「フルーツ王国」福島に、実りの秋がやってくる。車道の両側に多くの果樹園や直売所が林立する飯坂温泉近くの「フルーツライン」では、桃から梨、ブドウにメイン商品が移り始めている。福島原発事故から1年5カ月が経ち徐々に客足は戻りつつあるというものの、事故前に比べれば売上の減少ぶりは著しい。農家は〝封法被害〟だと怒り、嘆き、除染の効果や検査体制の厳格さを強調する。真夏のフルーツラインを歩き、農家の本音を聞いた。損害賠償では取り戻せない、愛着ある土地を汚された怒りが充満していた。


【農家が欲しいのは金でなく事故前の土地】

 福島市内に生まれ育った女性は、「農家の嫁」として果物づくりに必死に取り組んできた。

 夫の父親が始めた果樹園は、通称「フルーツライン」の一角にある桃のほかリンゴやサクランボ、プラムなど、四季折々の果物が実る。ようやく「お宅の桃じゃないと駄目だ」と遠くから買いに来てもらえるようになった。家族が食べていくにも困らない程度の収入も得られるようになった。ここまで50年以上かかった。それをすべて台無しにしたのが、福島原発の爆発事故だった。

 「私たちが何か悪いことをしましたか?何も悪くないでしょ?果物というものは、作り手によって味が違うんです。除染して、土を入れ替えたりしたら、同じ味を作り出すのにどれだけ年月がかかるか分かりますか?東電幹部も政治家も、すべてを駄目にしたくせに現場にも来ないで浜通りばかりに顔を出す。中通りの農家の話も聴いてほしいですよ」

 昨年の価格の暴落ぶりはすさまじかった。これまで千円で出荷できていた桃は、百円でも買ってもらえなくなった。大幅な収入減は想像に難くない。税理士が過去の収入からはじき出した損害賠償額をJA経由で提出したのは今年に入ってから。そのため、請求額の半分も支払われていないという。

 「『どうせ農家は東電から金をもらえるんだろ?』という言葉を良く耳にするけど、冗談じゃないですよ。ふざけるなと言いたい。そもそも東電から支払われるのは請求額の80%だし、そこからJAへの負担金が差し引かれるから、結局は半分くらいしか手元には残らない。双葉郡の方々は、黙っていても預金口座に東電からお金が振り込まれるらしいですね。億万長者が何人もいるというじゃないですか。そういう人々と一緒にしないでいただきたい。そもそもお金の問題じゃないですから。私たちは金が欲しいんじゃない。原発事故前の土地と桃への信用を返してほしいだけなんです」

 まだ寒さ厳しい今年初め、枝に雪が残る中、除染をした。なぜ、被害者である自分たち農家がこんなことをしなければならないのか、激しく腹が立った。「東電社員に、スーツの上から雨具を着て実際に参加して欲しかった」。せん定した枝は、除染後であっても燃やしてはいけないと、行政から指導されているため最近まで処理できずにいたという。「除染後の枝は、燃やしても環境に影響が出ないと聞きましたよ。そもそも、昨年こそ除染もせずに燃やしていたんですから。おかしなことだらけです」。

 自身も母親。「子どもになるべく食べさせたくないという気持ちは分かる」。しかし、現状はやはり〝風評被害〟であると語気を強める。

 「数値の見える化?では何ら検査をしていない他県産と10ベクレルと書かれた福島産の桃が並べてあった時、普通は他県産を買うでしょ?数値が低ければ買いますか?結局は福島産というだけで避けられてしまうのではないですか?今年は検査が徹底しているので安全なのに…」

 今年の桃は雨が少なかったため比較的小ぶりながら、糖度は高いという。
民の声新聞-福島桃
たわわに実った桃。生産者は「厳格な検査体制の

下に出荷しているから安全」と強調する

=福島市飯坂町のフルーツライン


【激減した観光バスでの桃狩り】

 福島県の桃の生産量は全国の約20%。全国生産量の1/3を誇る山梨県に次いで2位だ(3位は長野県の13%)。中でも「あかつき」は県内生産量の50%を占める代表品種で、贈答用としても長年、重宝されてきた。

 ある果樹園では、夏休みになると親子連れを乗せた観光バスが駐車場を埋めていたが、昨年はゼロ。今年も「例年の1/10どころではない」と激減している。桃の木がある一帯は、土が全て銀色のシートで覆い尽くされている。本来なら根元の周囲だけしか覆わないが、土の汚染防止をアピールするために全面的に覆うことを決めた。しかし、客の呼び戻しにまではつながっていないのが実情だ。

 ある農家の女性は、同じ母親として福島県外の母親の気持ちに理解を示した。

 「もちろん安心して福島の桃を食べては欲しいけれど、逆の立場になったら私も同じ行動をとるでしょう。私だって、子どもを育てた時にはいろいろなことに気を遣ったもの。特に子どもたちには私は勧められないです」。この女性は、首都圏の小売店の多くが検査結果を掲示せずに桃を販売していると聞き、大変驚いていた。「当然、検査結果も添付して売られているものだと思っていた」。

 別の女性は、桃をむきながら「安全ですから、多くの人に食べてもらいたいわね」と話した。「甘くて美味しいですね。でも、子どもたちには食べさせられないという大人の気持ちも分かってください」と言うと「そうね…」と深いため息をついた。果樹園を作り上げた夫は6年前に他界、息子が引き継いだ。もうすぐ巨峰の季節がやってくる。
民の声新聞-桃の果樹園
ある果樹園では、地面をシートで覆っている。

「土がむき出しでは日々汚染しているのではない

かとお客さんが心配する。農家なりに努力してい

るというアピールです」


【除染していない医王寺は0.7μSV】

 源義経の子、継信・忠信兄弟の菩提寺として知られる医王寺は、除染を一切行っていないためか境内の放射線量が0.5-0.7μSVと高い。1689年、「奥の細道」の旅程で立ち寄ったとされる松尾芭蕉の句碑も建立されているが、やはり0.5μSV。地面真上では0.8μSVを超えた。

 住職も弱り顔をするばかり。「除染など、まったく順番が回ってきません。通学路などが最優先なのでしょう。原発事故から手つかずです。0.7ありましたか…」

 門番をしている女性は、家庭菜園が趣味だが子どもたちには食べさせられないという。「あの子たちは福島の食材は使いません。先日もナスを作ったんですが、土を全部入れ替えて栽培したらようやく食べてくれた。やっぱり土からの被曝が怖いですからね。桃も今年も売れなかったのではないでしょうか」

 飯坂町に50年以上暮らしている男性は「放射線量が下がったと言われているが、実際には大して下がっていない。私の家だって雨どい直下で1.0μSVあるし、空間線量だって0.3-0.4μSVはあります。除染なんかしていませんよ。第一、除染で生じる汚染土や汚染水の持って行き場がないから、行政からは除染しないように言われているんだから」

 近隣の家族は、幼い子どもを連れて山形県に移住した。同じ福島市内に住む娘夫婦は、友人らとグループを作って県外から野菜などを取り寄せている。「私のような年齢では良いんですが、やはり子どもたちが心配ですよね。まだ福島はこういう状態なんだと、多くの人に知ってもらいたいです」
民の声新聞-医王寺
除染を一切していないという医王寺。源義経公ら

の像がある広場では0.7μSVに達した

=福島市飯坂町

(了)