2年ぶりの相馬野馬追~伝統と被曝のはざまで
相双地区に千年以上伝わる「相馬野馬追」が28日、南相馬市で始まった。3日間に渡る、馬と人の神事。放射線量は依然として高いが、2年ぶりの通常開催。伝統と被曝とのはざまで、多くの人が悩み、葛藤し、実現を決めた。参加者は何を思うのか。野馬追に携わる人々に聞いた。
【除染をしても0.4~0.5μSV】
「やるからには、目一杯やりたいね」
南相馬市原町区三島町の自宅前で、愛馬「ブラックボス」を鼻面を撫でながら副軍師・山田光男さん(65)は目を細めた。
野馬追は、幼い頃から憧れの的だった。
今年で43回連続して馬に乗る。
「出られる人は幸せですよ。お金もかかるし。生涯を野馬追に賭けたいくらいだよ」
野馬追に過去6回出場している愛馬は、大震災から一週間後に岡山県に避難させた。1年4カ月ぶりの南相馬。この日のために、16万円かけて輸送した。3日間の祭りが終わったら、また岡山に戻す。
昨年は、福島原発事故の直後で大幅に規模を縮小して開催された。メインの甲冑競馬や神旗争奪戦は中止された。実質、2年ぶりの祭事。
「早い時期から市役所の職員と何回も除染について話し合ったよ。雲雀ヶ原祭場地の砂は入れ替えたし、草も2回刈り取った」
それでも、市内には依然として放射線量の高い地点が点在していることや、住宅地では除染が進んでいないことも分かっている。祭場地は、除染前と比して放射線量はほぼ半減したが、それでもまだ0.4~0.5μSVの高さ。「高い場所では1.8μSVくらいあったんじゃないかな」。葛藤の中での開催。幼い子どもを参加させて良いのか、見物させて良いものか…。
午前9時、副軍師のもとに御使番が迎えにやってきた。
拍手で家族に見送られながら、愛馬にまたがる。御神酒を口に含む。出陣だ。
山田さんらが放射線量の高さを心配することなく野馬追を開催できるようになるまでに何年かかるのか。
アスファルトを踏む蹄鉄の音が、静かな住宅街に響いた。
「相馬流れ山」の流れる相馬太田神社に到着したのは約1時間後。白装束の男たちが神輿を出す。照り付ける陽射しの下、3日間にわたる伝統行事が始まった。
御使番と共に相馬太田神社に向かった副軍師の
山田さん(右)。高い放射線量と伝統との間で葛
藤が続いた=南相馬市原町区
【海の男が苦悩する海洋汚染と地域経済】
騎馬隊の中に、トライアスロンの日本代表としてシドニー、アテネの両五輪に出場したプロトライアスリート・西内洋行さん(36)の姿もあった。
南相馬に生まれ育ち、南相馬の海でトレーニングを積んできた。
事故が起きるまで、福島原発の存在を強く意識することはなかった。子どもの頃、社会科見学に行き「原発は絶対に安全です」というPR冊子をもらったことを覚えている。
「甥っ子が、事故の2カ月前に社会科見学に行ったばかりだったんですよね。やはりPR冊子をもらってきたそうです」
安全だ、と喧伝され続けてきた福島原発はしかし、巨大地震と津波で手の施しようのない危険な建物になった。愛する海は、放射性物質に汚染された水の大量流出で酷く汚されてしまった。
「南相馬の海で練習することができなくなってしまいましたからね」
海を汚された怒り、悔しさは想像に難くない。しかし、それでも慎重に言葉を選ぶのは、福島原発が地域経済を担ってきたという現実を知っているからだ。
「多くの人が原発で働いてきたわけですし、東電の社員には、一緒にトライアスロンに出場した人もいる。悪いのは、隠蔽を図ろうとするごく一部の上層部ですからね」
野馬追は、4年ぶりの5回目の出場。
「自分たちの代で途絶えさせるわけにはいかないから」
乗馬の練習も積んできた。
共に出場するアドマイヤジェットは、中央競馬で3戦2勝の韋駄天。喘息が原因で引退したが、名門ノーザンファーム生まれの快速馬だけに、29日の甲冑競馬では一着も期待できる。
祭りが終われば、9月に佐渡で開催されるアイアンマンレースに備える。
「海の男」は怒りを胸に秘めて、今は野馬追に集中する。
4年ぶりに野馬追に参加したプロトライアスリート
の西内洋行さん。慣れ親しんだ南相馬の海を汚
されたことへの怒りや悔しさは想像に難くない
【今年は何としても開催したかった】
今回が初陣の男性(32)は、結婚を機に中通りから妻の故郷である南相馬市に移り住んだ。放射線量が決して低くないことは良く分かっている。「あえて線量の高い所には行かないけれど、過敏になったら生活が成り立たないですからね。あまり気にしないというのが現実かな」。電気店を営む女性も「一時期、兵庫県に避難していたけれど、商売をやっていると移住というわけにはいかないんですよね。お客さんから『まだ避難しているの?』って連絡が入っちゃうし…」と苦悩を口にした。
野馬追には20年間参加しているベテラン組頭の男性も「今年まで中止にするなんて考えられなかったよ。何としても今年はやりたかった。野馬追は1年の節目のようなものだから」と話した。
堀川史恵さん(18)は、父、兄と共に参加している。「85歳になる祖父も、足が不自由なのに『出たい』と言って道具を磨いています。昨年の中止は本当に悔しかったしさびしかった」。野馬追では、女性は20歳を過ぎたら参加できないため、来年が最後の騎乗になる。
「もちろん、放射線量の高さを指摘する声もよく理解できます。でも、野馬追は特別なのです」
長老の一人は、自分に言い聞かせるように言った。
「今、心配しているのは内部被曝です。水や食べ物は、地の物は食べません。でも、外部被曝は、少々浴びても排出してしまう。ウランやプルトニウムなどのアルファ線は怖いですけどね、そうでなければ大丈夫です。ええ、一生懸命に勉強しましたよ」
人体に悪影響を及ぼしかねない放射線の存在を否定する人はいない。福島市内から駆け付けた女性は、彼らの気持ちを代弁した。「そんな事言われなくなって分かってるよって、みんな言うでしょうね」。それでも伝統を守って開催する相馬野馬追は地域のつながりの象徴なのだという。
今日29日は甲冑競馬や神旗争奪戦、明日30日には、馬を素手で捕まえて神社に奉納する「野馬懸」が行われる。
主催者の一人は言った。
「先人が尊い遺産として残してくれた野馬追を継承していかなければならないのです」
私が浜通りの街で目にしたものは、理屈や正論を超越した伝統を守ろうとする気概だった。
0.4μSV前後だった雲雀ヶ原祭事場(上)。4月17日
に訪れた際は0.7μSV前後だった。除染をしても大
幅な線量低減は実現していない
(了)