「特定避難勧奨地点」がもたらした地域破壊~高線量の伊達市・下小国地区 | 民の声新聞

「特定避難勧奨地点」がもたらした地域破壊~高線量の伊達市・下小国地区

誰が決めたか「特定避難勧奨地点」。依然として1~2μSVと高線量の集落は、年間積算放射線量が20mSVを超えるか否かで分断され、無用の対立が生まれてしまった。指定から外れた住民は、指定を受けた家と同様の各種減免措置をと訴える。指定を受けられた住民もまた、指定されなかった住民への気遣いで疲弊している。原発事故を境に、挨拶を交わすことさえ少なくなったという。自然豊かな山村、伊達市霊山町下小国地区。線量計を手に歩いた。



【2.2μSVでも指定されず】

なぜこんな目に遭わなければならないのか。

取材に応じた母子は、にらみつけるような視線で言いようのない怒りを表していた。

下小国地区に戦前から4代続く酪農家。50頭の乳牛と、その堆肥を活用したアスパラガス。

原発事故がすべてを狂わせた。

生乳は出荷停止になった。自慢の生乳を日々、500kgも畑に廃棄した。汚染された牧草は行き場を失い、畑の隅に高く積み上げられたまま。多くの農家に利用されてきた牛の堆肥も、使用自粛が続いている。50頭の乳牛から排泄される糞は膨大な量になるが、日々増えるばかり。

「今はもう、汚染された飼料を与えていないから堆肥として使えるはずなんですけどね」

4代目の息子(29)が苦笑交じりに話す。臭い、雨で流出する…。日々感じる近隣からの圧力。原発事故さえなければ。そこに追い打ちをかけたのが、「除染の効果で放射線量が下がった」として見送られた特定避難勧奨地点の指定だった。

「玄関前で2.2μSVありました。さほど数値の変わらないはずの目の前の家は指定された。幼い子がいても指定されない家もあるらしい。なぜ地域で一括指定をせずに家ごとにするのか。しかも説明会もない」

60aあるアスパラガス畑は、昨夏には5μSVもの値を示した。だが、指定から外れたことで住民税や固定資産税の減免は受けられない。生活は原発事故以前のままで、生乳やアスパラガスの売れ行きだけが落ちた。

伊達市役所には、顔を覚えられてしまうくらいに足を運んだ。どれだけ制度の弊害を訴えても受け入れられることはなかった。正論を声高に叫べば叫ぶほど、頭のおかしい、うるさい市民というレッテルを張られた。

「『特定避難勧奨地点』になんか指定されなくて良いから、せめて周囲と同等の減免措置を受けさせてほしい。私たちは原発事故後も同じように税金を払い、水道光熱費を負担してきた。手にしたのは、『精神的被害』という名のわずかな補償金だけ…。原発事故当時にさかのぼって返してもらいたいくらいだ」

東電の補償金も、アスパラガスを出荷して初めて、従来の単価との差額をようやく得られる。特定避難勧奨地点の指定を受けられれば、せめて各種減免措置を受けられれば、腰を据えて立て直しを図れる。

自宅の前に、生後わずか1カ月の仔牛がつながれていた。

汚染された草を口にしてしまう恐れがあるため、放牧は許されない。

その姿が酪農家の悲哀を表しているようで、哀しかった。
民の声新聞-乳牛
民の声新聞-牧草
下小国地区で育てられている乳牛。原発事故の

影響で5頭が死んだ(上)。下は行き場のないまま

仮置きされ続けている汚染牧草。空間線量は軽く

1μSVを超える


【自宅裏の雨どい直下で最高136μSV】

土木建築製材業の男性(68)は、近くマイカーを買い替える予定でいる。あえて新車ではなく、中古車を選んだ。これまでの蓄えを活用するだけなのに、特定避難勧奨地点に指定されたことによる〝特需〟だと評判が立つのを避けるためだ。

「何を言われるか分からないからね」

実際、指定を受けられなかった住民から「あんたはずるい。卑怯だ」となじられたことがある。「俺たちだって、なりたくて指定されたわけではないのにね」と苦笑する。だからこそ、彼らの心情にも配慮をし、不公平をなくそうと動いている。

特定避難勧奨地点に指定されたことで固定資産税などの減免措置を受けてきたが、それも3月末まで。最近、納付書が届いた。その背景には、指定の有無にかかわらず全住民が平等に措置を受けられるよう求めた請願書があるという。請願は市議会で採択されたが、男性は「仁志田市長は逆手に取ったんだ。だったら平等に課税しよう、と。逆だろう」と憤る。

自宅前には、主を失った牛舎が残っている。酪農家は特定避難勧奨地点に指定され、避難していった。わずかに家畜の香りが残る牛舎。近所の若い夫婦も避難先で出産したと耳にした。その裏で、進まない除染。学校敷地内の放射線量が下がったと喧伝される一方で、通学路は高線量のまま。文科省が、あえて放射線量の低い場所で測定するのを目の当たりにしてきた。

「山下某は年100mSVまで安全だと言うが、安全なら除染も避難も必要ないだろう。俺たちは彼を辞めさせるために署名活動もしたんだ。車だって、万が一のために保険に加入する。放射能も万が一のために被曝を回避する策を講じないと。来月から始まると言われている除染にも期待していないよ」
男性の妻が、自宅の草木を燃やした灰に線量計をかざすと、軽く17μSVを超えた。放射能汚染の現実。妻は言う。「伊達市の健康管理アドバイザーとかいう人が放射線より酒やたばこの害の方が健康に悪いと盛んに講演していますよね。でもそれは、あくまで平常時の話でしょう。これだけの高線量の中で、私らはそんな話は聴いている場合じゃないんですよ」

原発事故直後、国内の鉱石関連会社が売り出した線量計を購入した。自宅裏の雨どい直下で、最高136μSVを記録した。私の線量計でも85μSVを超した。自主的に高圧洗浄などで除染したとはいえ、自宅周辺は1.0μSVをわずかに下回る程度。「次に行かれるのはいつ?」。福島市内に住む可愛い孫を呼ぶことはなくなった。
男性は全国の原発推進派にあえて問う。

「除染で生じた汚染土や焼却灰を全国に運んで、自宅の庭に埋めてほしい。それでも良いなら好きなだけ原発稼働に賛成すれば良い。かつて、原発に反対すると『アカ』と呼ばれたものさ。でもね、結果として反対していた連中の主張は正しかったんだ」
民の声新聞-ひまわり
民の声新聞-85mSV
ほとんどの地点で1.0μSVを下回ることがない

下小国地区。ある民家の雨どい直下では85μSV

を上回った


【なぜ隣近所に気兼ねしなければいけないのか】

昨年6月に始まった特定避難勧奨地点の指定。

夫と専業農家をしている女性も指定を受け、息子夫婦は避難した。「一番高い時で3とか5(μSV)あった」と過去形で話すが、取材中も手元の線量計は2μSVを超した。自身も避難を考えたものの、90歳を超える親がいることもあり断念した。生産した農作物は、他地域のものより10分の1に買い叩かれる。特定避難勧奨地点に指定されたとはいえ、バラ色の生活が送れているわけではない。

「なぜ隣近所に気兼ねして生活しなければいけないのか。私も被害者ですよ。今までみんなで仲良くやってきたのに、あまり出入りしなくなってしまった。こんなもの、無くて良いあつれきですよ」

孫はやはり地元の学校で勉強したいと、避難先からタクシーで小国小学校に通い、卒業した。タクシー代は伊達市が負担しているが、健康被害は無いのか、心は傷ついていないか、日々心配しているという。「口数がすっかり少なくなってしまったからね。だから、せめて私くらいはなるべく明るく振る舞うようにしているんですよ」

バス通りに面した酒店の男性経営者は、生まれも育ちも小国地区。

「みんな数値に慣れっこになってしまっている」と嘆いた。「1.0μSVでも低いと感じる人がいるくらいなんだから。東京の人から見れば、どうしてそんな所にいまだに生活しているんだろうと思うだろうな。感覚がズレちまっているんだ」

間もなく大規模除染が始まろうとしている。一時的に下がった放射線量を掲げ、国や行政が安全性を喧伝するのは想像に難くない。

「放射線量が1.0μSVを下回ったら、ますます皆は安心してしまうだろう。でも、ここから農作物を出荷しても誰も買わないのが現実。タダでやると言っても受け取らないだろう。どちらが本当なんだ。特定避難勧奨地点のおかげで人間関係も悪化している。東京にいる政府の人間は、もはや福島のことなどどうでも良いんだろうな」

(了)