【ハンスト】瀬戸内寂聴が、澤地久枝が、子どもたちを守るために命をかける~経産省前テント広場
90歳の瀬戸内寂聴さんが、81歳の澤地久枝さんが、雨の中、命を削って原発反対を訴えた。2日、経産省前のテント広場で展開されているハンガーストライキに2人が参加。未来の子どもたちを守ろうと声をあげた。普段、メディアに報道されることの少ないテント広場は、〝大物〟登場に報道陣でにぎわった。ともに、未来を担う子どもたちを守ろうと、主治医の反対を振り切って参加した。5日には、国内の原発がすべて、停止する。これを機に原発のない日本にしようと、二人の女性は静かに、しかし力強く訴えた。
【こんなに酷い日本を残しては死ねない】
霞ヶ関の一角。経産省前に設けられたテントに、作家・僧侶の瀬戸内寂聴さん(90)はいた。一昨年に足を圧迫骨折した影響で、車いすに座っていた。
朝から激しい雨になるとの予報だったが、午前10時を過ぎても雨粒は落ちて来ない。
「私もあきらめていました。だから、朝起きて『えいっ』と念じたんです。雨を止める力はあるんですよ」
主治医に話せば反対されるのは分かっているから、内緒で京都から駆け付けた。法話などのスケジュールはぎっしり。この日は唯一、予定が入っていなかった。そこまでしてハンストに加わったのには、自分が動くことによってメディアに取り上げられ、若者たちに脱原発の意識を高めてもらいたいという思いがある。
「90歳のばあさんがこうしてテントに座ったら、マスコミは放っておかないでしょ。すると若者が報道を見る。若い人たちに、もっと原発の恐ろしさを知って欲しいんです。子どもとか孫の世代のことを考えると、こんなに酷い日本を残しては死ねません。今ほど酷い日本は無いと思います」
5日には、国内の全ての原発が停止するが、一方で大飯原発(福井県)の再稼働も着々と進められている。
寂聴さんは「再稼働しないと本当に思っていますか?」と集まった報道陣に逆取材。「今の政府のやり方を見ていたら、再稼働するんじゃないですかね。もっと『嫌だ』と言っていかなきゃなりません」
震災後、飯舘村の人々と語らう機会があった。その時の村民の顔つきや目つきが、いまだに脳裏から離れないという。
「このおしゃべりの私ですら、声をかけることができなかった。あの目、顔は怖かった。あまりに不幸で…。それくらい、彼らは酷い目に遭わされているんですよ」
福島の子どもたちを思うと、勢い、話は大手メディアの報道姿勢にまで及んだ。
多国籍軍によるイラク進攻の際、実際に現地を訪れて報道との違いを自身の目で確認した経験から「今回の原発事故でも、報道はまず疑ってかかっています。マスメディアはどうして本当のことを報道できないのか。まさに大本営発表を垂れ流した戦時下と同じではないか」。命をかけて福島を報じなさい、とも語った。
「一日くらい断食しても私は死にません、大丈夫」と笑顔を見せた寂聴さん。
「日本人は我慢することを美徳だと思っているが、言いたいことをもっと言うべきです。闘わなければいけません。私は、余生を原発にかけています」
経産省前テント広場でのハンガーストライキに
参加した瀬戸内寂聴さん。「今ほど酷い日本は
ない」と怒りを露わにした(左は鎌田慧さん)
【解決策の無いことが起きてしまった】
ノンフィクション作家・澤地久枝さん(81)は、これまでも度々、テント広場を訪れている。ハンストは前日の1日夕方から参加した。
「デモだけではなく行動したかった」
5日の全停止を機に、原発から完全に抜け出すと約束してほしい─。満州から日本に引き揚げてきた経験のある澤地さんにとって、原発事故で飼える故郷を失った人々の気持ちは痛いほど良く分かる。
「私には帰る日本があったけれど、原発でやられた人々には帰る希望がない。〝難民〟の気持ちは良く分かります。こんなこと、日本の歴史始まって以来のことです」
福島だけではない。東京だって、決して汚染されていないわけではないというのが持論だ。
「東京もやられています。海も汚された。魚を食べられない日がやがて来る。解決策の無いことが起きてしまったんです。起きてはならないことが起きてしまったんです。福島の人々は耐えるだけでなく、怒りの気持ちを持つことも大切です」と訴えた。
「今日はNYにいてそちらに行かれませんが、気持ちは皆さんと一緒です」。澤地さんは終始、坂本龍一さんからのメッセージを手にハンストに臨んだ。
「原発再稼働なんてまずできないんじゃないですか。国際的な監視の中で強行すれば、日本はどん底の国になってしまいます。それでも強行するのなら、女も男も一緒になって『何て馬鹿な事をするんだ』と声をあげるべきです」
昨年、膝を骨折し、脳梗塞も患った。主治医には当然、参加を反対された。それでも参加せずにはいられなかった。まさに命をかけた闘いなのだ。
坂本龍一さんのメッセージを手にハンストに
臨んだ澤地さん。「子どもの将来を考えて」
と訴えた
【続々と寄せられる〝健康被害〟】
「未来を孕む女たちのとつきとうかのテント村行動」の椎名千恵子さん(65)=福島市=は、断食を始めて二日目。「フラフラしている」と冗談交じりに話したが、「自分自身を命を意識する状況に追い込むことで、命を断つことで闘いたいんです」
瀬戸内さんら著名人が参加したことには「世間へのアピール度が全然違う。
ああいう方に来ていただくことで、世間に認知されます。私たちの励みにもなりますね」と喜んだ。
しかし一方で、無名の自分たちがいくら頑張ってもなかなか取材してもらえないジレンマもある。マイクを握ると福島の子どもたちへの思いが募り、涙が止まらなくなった。
「先日、商工会議所主催のキッズパレードがありました。沿道では2μSVも珍しくなく、高い場所では10μSVもあった。どうして、子どもたちを復興のシンボルとして駆り立てるのか。3.11を早く忘れさせたい人々が福島ではのさばっている。私たちは山下(俊一・福島県立医大副学長)に命を預けたつもりはありません」
医学的な立証は難しいが、椎名さんのもとには様々な〝健康被害〟の報告が届いている。鼻血、肩甲骨の痛み、目のくま…。
しかし、福島の医師の中には、甲状腺検査をあっさりと断る者もいるという。
「病院の診察室で放射能の話題を切り出したら、医師の背後で看護師が両手でバツを作るんです。先生が診てくれなくなる、と。これは本当の話です。これが福島の実情なんです。もっと記者の方々には肌で感じて欲しい。ジャーナリストの本分を全うして、福島を伝えて欲しい」
ジャーナリスト・鎌田慧さんをして「90歳のハンストは歴史的なこと」と言わしめたこの日のハンスト。その陰で、多くの無名な人々の闘いが続けられていることも、忘れてはいけない。
「お二人の参加は大変励みになる」と語った
椎名さん。「メディアは福島の現状を伝えて欲しい」
と、涙ながらに訴えた
(了)
