映画「月あかりの下で」~定時制は生きる希望の場所 | 民の声新聞

映画「月あかりの下で」~定時制は生きる希望の場所

多くの人がホールを後にしても、なかなか立ち上がれなかった。
久しぶりにたっぷり流した涙で顔はベタベタになっていた。
ドラマの中でしか存在しないと思っていた「金八先生」は実在した。
そして、その先生に救われた生徒は確実にいた。
しかし、その学校はもう、ない。
生徒たちが生きる希望をもらった学校は、今や記念碑だ。

映画「月あかりの下で」は2002年から4年間、フリーディレクターの太田直子さんが埼玉県立浦和商業高校定時制課程のクラスに密着。入学式から卒業式までを追ったドキュメンタリーだ。
2007年に日本テレビの特別番組として放送されたものを編集。文化庁映画賞など多数の受賞歴がある。

担任の平野和弘さんには、冒頭から驚かされる。
「大人の既成概念で子どもたちを叱りたくないんですよ」と言うように、教室の外でフラフラしていようと、飲酒で赤ら顔になって登校しようと、職員室や保健室に入り浸っていても怒らない。そもそも、クラスの大半が不登校の経験がある。まずは自分の居場所を見つけてほしい。教師たちにはそんな願いがある。
平野先生は入学式の直後、最初のホームルームで生徒たちに語りかける。
「不登校の経験は、君たちの宝だ。周りに流されず、学校に行きたくないという自分の感情ときちんと向き合って答えを出したのだから」
ある日のホームルームでは、嫌いな人とどう接するかをテーマに選んだ。「嫌いな人は誰にでもいるし、いて構わない。否定だけはしないでほしい」
それはまるで彼が自分自身に言い聞かせているようでもあり、観ている我々に突き出された刃のようでもあった。平野先生の理念、それがどんな生徒であっても存在を認めることだからだ。

物語は、キャバ嬢のような派手な女の子・サチコを軸に展開していく。
授業もロクに受けず、教室には居場所がない。平野先生は信頼してるから職員室や保健室に入り浸る。
そんなサチコがクラスに居場所を見つけるきっかけとなった事件があった。
復職したばかりの教師が、口数の数ない生徒に大声をあげた。
サチコはキレた。
殴りかからんばかりの勢いで教師に迫った。
生徒の事情も知らずに叱りつけたことがどうしても許せなかった。
後に彼女は「私っていつもこうなっちゃう」と平野先生の前で涙を流したが、クラスメートのために黙ってはいられない優しい女の子なのだ。そしてそのことを、他のクラスメートも良く分かっていた。
孤独だと思っていた彼女は喜んだ。

平野先生が、進級が危うくなった生徒たちを前に茨木のり子の詩「自分の感受性くらい」を朗読する場面は圧巻だ。「ばかものよ」―。涙を流し、机に両手をつきながら、まるで土下座をするように生徒に進級してくれと語りかける。

サチコたちの署名活動や卒業生たちの直接の要請もむなしく、同校は2008年、統廃合の一環で定時制課程がなくなった。平野先生も、全日制課程に移った。
親から暴力を受けていたマリは振り返る。
「もしあの学校に行っていなかったら、明るい自分はなかったかもしれない」
親との軋轢でリストカットをしていたナオミも「本当の友だちができたっていうところが浦商だった」と話す。サチコは多くは語らないが、入学式でただ下を向き、返事もできなかったのに、体育祭にも参加し補習も一生懸命に受けるようになった姿を見れば、言葉は要るまい。

横須賀での自主上映会に尽力したのは、ヨコスカ・シネクラブ。
映画館では観られないマイナーな、しかし上質の映画の上映会を35年にわたって開いてきたという。
「子どもたちはあらゆる問題を抱えている。この作品には4年間撮影したことで、それらが詰まっている。ぜひ多くの人に観て考えてほしい」と代表の筑間一男さん(63)は話す。
最近ではネット配信などの技術革新のあおりも受けて、上映会の参加者は減っているという。
「ネットには流れない良い作品もある。ぜひ自ら足を運んでほしい」と筑間さん。クラブの運営は財政的に厳しいが「声がかかれば、横須賀で再び上映会を開きたい。苦しんでいる若者にも観てほしい」。

この映画を観る際には一つの作業が要る。
既成概念を取っ払うこと。
そして、大人の考えを子どもたちに押し付けないこと。
そうすれば、子どもたちの叫びは胸に響いてくる。
虚勢を張ってる陰で、多くの涙を流し、不安で眠れぬ夜をいくつも過ごしている彼らの気持ちが、少しだけ理解できると思う。
そう、虚勢なんだ。
養護教諭がサチコに語りかけている。
「みんなの前では虚勢を張ってるんでしょ?弱さを見せられないもんね。だったらいいじゃん、ここで私に素顔を見せれば」
子どもたちをまずは認め、話を聞いてあげる。
まずはそれから始めてみようか。
なかなか難しいけれど。
この作品を見終えたら、職員室で「おいキョートー」と呼ぶサチコに眉をひそめることも無くなるはずだ。


「月あかりの下で」は、各地で自主上映会が展開中。
上映日程は公式サイトhttp://tsuki-akari.com/


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平野先生の前で机に横になるサチコ。先生のおかげで教室に居場所を見つけた1人