●五竜岳 2015年7月25日(土) 曇りのち晴

  五竜岳(2,814m)

 <参考コースタイム>

唐松岳頂上山荘→(20分)唐松岳→(15分)山荘→(2時間30分)五竜山荘→(1時間)五竜岳→(40分)五竜山荘(宿泊)

 <合計徒歩時間> 5時間

その1 から続く

2日目は、山荘から20分の距離にある唐松岳の山頂で日の出を見ようと、早朝3時半に起床。

前夜は、9時半頃には床に就いたが、予想通りなかなか寝付かれない。少し大きめの蒲団に二人だが、窮屈であることに変わりはない。

ようやく、周囲がバタバタし始めたので、簡単な荷物をもって4時15分に山荘を出た。

行く手を見上げると、すでにかなりの登山者が山頂を目指しているので、ヘッドランプで道筋がよくわかる。

20分ちょっと歩いて4時40分、山頂に着。

薄っすらと陽が射してきたが、上空は渦を巻いたような、不穏な厚い雲に覆われている。

 

少し風も出てきたようだ。

4時45分ころ、ようやく陽が昇ったようだが、残念ながら朝日は厚い雲の中。

しかし紫色に染まった雲海は、高山ならではの神秘的な景色を醸し出している。

山頂からは、遠く南東の方角に、端正な富士の輪郭が浮かんでいる。

晴れていれば北に白馬三山、西に剣岳や立山と、後立山の主峰が見渡せるとか。

30分ほど山頂で360度の景色を堪能して山荘に引きかえすことにした。



朝食はバーナーを出して各自持参の食料で済ませ、五竜岳を目指して出発の準備。

 

唐松岳山荘から本日の宿泊地、五竜岳山荘まではわずか2時間半の行程だが、のんびりとしてはいられない。

出発の頃には厚い雲が次第に下りてきて、濃い霧に変わっている。

途中、牛首というところにクサリ場の難所があるから、本格的な雨になる前に通過したい。

小屋前で、雨具の支度をして、ずいぶん遅くなったが7時40分にスタート。すでにほとんど宿泊客が次の目的地に向かって小屋を出ていった。

 

山荘の下をくだると、すぐに牛首の難所に差し掛かり、切り立った岩場を3点確保で慎重に下ってゆく。

 

スタートしてから40分ほど下ったガレ場で、本日初めて、高山植物の女王と言われるコマクサの群落を見た。これまでの行程で一度も見かけなかったので、やっと出合えたという感情が湧いてくる。

火山や花崗岩の栄養の乏しい貧養地に、けなげに咲くこの花は、高山植物とはいえ、南アルプスにはなく、中央アルプスでもすでに絶滅したらしい。

結局この後、コマクサには二度とお目にかかれなかったので、このとき観たコマクサは貴重というしかない。

クサリ場はほん数箇所の短い距離だと思っていたが、意外に距離が長く、しかもクサリのないスリルのある岩場もあって気が抜けない。登りよりも下りの方が恐怖感があるようだ。

急峻な岩場に咲く花は、まさに一服の清涼剤。


結局1時間少し、険しい岩場を下り、さらに緩やかな上り下りを繰り返し、ようやくなだらかな稜線に出た。

その頃になると霧は晴れ、青空が広がり、行く手に目指す五竜岳の堂々たる山塊が見えてきた。

正面に五竜岳、右(西側)斜面からは、雪渓で縁取られたがっしりした剣岳の岩稜が見えるのだが、なぜか剣先にだけ雲がかかって、なかなか全貌を現さない。

五竜岳に近づくころになって、やっと後立山の主峰・剣岳(2,999m)の剣先が顔を出した。

稜線から見る景色はまさに、夏山にふさわしい青空と純白の雪渓と、高山植物、そして堂々と聳える北アルプスの主たち。


唐松岳山荘を出て、3時間20分後の11時ちょうど、本日の宿泊地五竜岳山荘に着。

山荘で受付を済ませ、ベンチで湯を沸かし、昼食の準備。

ひと休みしてから、五竜岳の山頂を往復することになっている。

小屋前のベンチから五竜岳を見上げる

ゆっくり昼食を摂り、12時半頃、五竜岳の山頂を目指して出発。

山頂までは岩場を通り1時間ほどかかるという。

山頂の標高は2,814mだから山荘との標高差は250mほどか。

五竜岳は、深田久弥の百名山に数えられる山で、「大地から生えたようなガッチリしていて、ビクとも動かないといった感じ」と形容し、「北は大黒の岩峰を経て唐松岳へ続き、南は八峰キレットの嶮によって鹿島槍だけに連なり、昔は後立山縦走の難関であった」という。

 

五竜岳という名の漢字を充てたのは、明治41年、三枝威之介という人らしい。5匹の竜があたかも横たわっているよな勇壮な山の名で、その姿にふさわしいが、実際の言われは意外なものらしい。

久弥の説明によると、藩政時代、黒部川の対岸の山の最高峰を「後立山」といい、立山を「りゅうざん」と呼んでいたところから、、「ごりゅうざん」と呼んでいたという。

その後、この「ごりゅうざん」は一体どこの山を指すのだろう、ということになって、今の「五竜岳」がその山に確定したらしい。ところがその後、様々検討した結果、その山はいまの鹿島槍になったという。

 

またもう一つ五竜の由来として上げられるのが、武田信玄の紋章。武田家の紋章は菱型で、信州川から見る山の残雪が、この菱の紋章に似ていることから「御菱(ごりょう)」と呼ばれ、やがて「ごりゅう」に転化したという。

 

今となっては、山名の由来を知ったところで、なんの意味もないが、この山が昔から麓の人々から知られた存在であることは間違いなようだ。それほど偉容な姿をした山であったのだろう
 

  正面の聳える五竜岳

高山植物も生えないような岩場を這いずるように上り、1時間後に山頂に着。



山頂の標柱はなぜか「五竜」ではなく「五龍」となっている。

山頂は広く、北側に唐松岳、南に鹿島槍が望め、山頂直下の鞍部からは、鹿島槍に連なるナイフの刃先にように危ういほど切り立ったキレットの稜線が見渡せる。

山荘へはいま来た道を引き返し、ひと休みしてから、はや夕食の準備。

実は予定では、山荘の夕食を摂ることになっていたのだが、メニューがカレーであることを知って、急遽自炊することにした。

それに皆、有り余るほどの食料があるので、ここで荷を減らそうという目論見もある。

幸いこの山荘には自炊室があり(唐松岳山荘には自炊室がない)、利用する人が少ないので、山荘の食堂よりはずっと快適。しかもそこに集まった人たちとすぐに打ち解けてサロンのような雰囲気がある。

しかし、本日の山荘の混雑は予想通りで、昨日の唐松山荘よりさらに蒲団が小さく、寝返りを打つのにもひと苦労。

元来、枕が変わると寝付かれない性分に加え、向かいの男性の足が邪魔してなおさら寝付かれない。

 

相棒は、1時半頃起きだして、その後自炊室で夜を明かしたようだ。なかに自炊室に蒲団を持ち込んでここで寝ていた賢い客もたそうだ。


 

二日続きの寝不足で明日は大丈夫だろうか、心配になってきた。

 

その3に続く

 

 

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