●奥多摩むかし道 曇り
<参考コース>
奥多摩駅→氷川大橋→白髭神社→しだくら橋→水根→奥多摩湖バス停→奥多摩湖
所要時間:4時間
<奥多摩町観光案内HP>
11月9日、日曜日、奥多摩駅から小河内ダム(奥多摩湖)に通じる「奥多摩むかし道」と言われる道を辿ることにした。いわゆるこの道が旧青梅街道。
前日の深夜、天気予報を見ると、東京地方は「曇りのち晴れ」とあったので、ふと紅葉の写真を撮ってみようと思いついたのがきっかけ。それに、先々週歩いた奥多摩の集落に興味を持ったのも理由の一つだ。
紅葉の時期のせいか、電車の中も駅舎も登山客で活気に溢れてはいるが、天候は、鉛色のどんよりとした曇り空。これではせっかくの紅葉も期待薄!と、少し気落ちする半面、山に登らず平地をただブラブラ歩けるという気安さもある。
せかせかとバスに乗り込む登山客を尻目に、一人、「奥多摩むかし道」の入口に向かって歩き始めたのは、朝の8時30分ころ。
氷川神社前を右折して少し歩くと、立派な蔵の前に、むかし道の道標が見えてきた。
そもそも奥多摩むかし道とは、氷川村(現在の奥多摩)と、ダム建設で湖底に沈んだ小河内村を繫ぐ、重要な生活道(旧青梅街道)として利用されてきたそうだ。今では小河内ダム建設によってできた国道411号(青梅街道)がその役割を担っている。
この道は現在、街道沿いのわずか十数軒の人家を行き交う人と車、観光客が唯一の利用者。
道は舗装されているが、むかしながらの集落の佇まいを残し、紅葉の渓谷に沿った旧街道として、その名前が知られてきた。
奥多摩町は、東京都の10分の1、最も広大な面積の町だが、人口はわずか6000人。ダム建設当時、小河内村には600戸約3000人の村民がいたと言うから、この旧青梅街道の往時が偲ばれる。
むかし道の入口は、羽黒三田神社脇の羽黒坂を登るところから始まる。
むかし道入口は、いきなり勾配のある羽黒坂から
歩き始めた時は、全く人の気配がなかったが、やがて一人二人とこの坂を登る人が増えてきた。
ブラブラと散策気分のはずが、坂の頂上付近ではすっかり汗ばむよう。坂を登りきったところに、この日一番目のサイカチギという立派な休憩所が見えてくる。解説板によると、サイカチの巨木があるのでその名がつけられたという。かつてこの場所は、荷を運ぶ馬引き達の休息所だったところとか。目の前に文化13年(1816年)の馬頭観音や石仏が立っている。この辺りからが、江戸時代の名残を残す本当のむかし道。


休憩所で一服して、またぶらぶらと歩き始めると、少し紅葉し始めた渓谷が見えてくる。紅葉の真っ盛りなら、さぞや素晴しい景観だろう、と嘆息。


いくつかの分岐点があるが、むかし道は渓谷から離れ、人里離れた山奥の方へ進んで行く。事前に行程など全く下調べをしていなかったので、わずかだが心細くなってくる。
1時間半ほど歩いたところに数軒の集落が見えてきた。家の上を見ると、かつてダム建設に使ったトロッコの軌道が見える。この辺りには、小河内ダム建設に使われた廃道やトンネルもあるそうだが、見落としたようだ。
民家の軒先で、3個100円の柚子を売って(無人)いたので購入。


人家を離れ少し行くと、猿田彦命や高句王若光などを祀ってある白髭神社に着く。ご神体は社を覆うような巨大な石灰岩。都の天然記念物に指定された珍しい断層とか。古代の人がその珍しさから崇めたという。
むかし道とは、誰が名づけたのか、”むかし”の定義が分からなくなってくる。
奥多摩の地では、沢山の縄文土器が発掘されているが、弥生土器はほとんど発見されず、この辺りに人煙が立ち上るようになったのは、ずっと時代を経て、奈良時代中期頃とか。
戦国時代は武田の支配下となり、江戸時代は天領として永い間統治されてきた。
むかし道とは、数百年前のむかしを想起させるが、もうひとつの”むかしみち”とは、昭和初期を偲ばせる懐かしい人家。
たわわに実った柿の木、いくつかの家々には、薪が蓄えられている。これほど立派な柿の木は都会では、もう見られない。
雪が降れば、訪れる人のないこの辺りの静けさは、どれほどの深みを増してくるのだろうか。
少し山奥に分け入ってせいか、紅葉が色付いているようだ。もう少し陽が照っていれば、さらに鮮やかな彩を見せてくれたに違いない。
いくつかの人家を通り過ぎ、行程の半ばあたりの道路脇にコンクリートの水飲み場がある。水飲み場のヘリを見ると、「東京府馬匹畜産組合」とハッキリ読み取ることができる。昭和初期の頃につくられたものか。まだ車ではなく、馬や牛がこの時代の輸送手段。まるでつい最近まで使われていたようで、当時にタイムスリップしたみたい・・。

歩き始めてそろそろ3時間を過ぎた頃、勾配のある道に差し掛かり、上の方から歩いてくる人も増えてきた。歩きなれない人には、逆コースの方がいいのかもしれない。
かなり人家が立ち並ぶ集落に着き、あと少しでゴールも間近いはず。ダムはもうすぐ目の前だが、ココからが意外に長丁場。
やっと小河内ダムが見えてきたが、さらに山道が続く
ダムが見えたところからおよそ30分ほど歩いて、ようやく奥多摩湖のむかし道の入口にたどり着く。ここからさらに15分ほど歩いて、湖畔のバス停に着。
バスを待つ間、湖畔にある水と緑のふれあい館に立ち寄り、奥多摩の歴史の展示物を観る。
バスに乗って奥多摩駅に着くと、前から目をつけていた酒屋に入り、種類の違う澤乃井4号ビン2本と2号ビンを購入。〆て1升、ザックには入らない。
そのあとは、当然のごとく、例によって駅前食堂にて、舞茸のてんぷらを肴に、澤乃井の熱燗を1本。
ほんのぶらぶら散歩のはずが、すっかりむかし道の世界を奥深く分け入ったてきたようだ。

