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伴に歩んで

ガンと闘った老夫婦の人生日記です。

入院準備をしていたある日。

ある国に在住されている女性の方から、2018年にある新聞に掲載された僕のエッセイ。
この作品の著作物使用許可の許諾を頂きたいというメールが届きました。
新聞社は住所やメルアド等は教えなかったそうですが、著作権は穂高さんが持っていると言ったそうです。(僕ではなく新聞社です。面倒だったのか?)

それで、私のブログを探してメルアドにたどり着いたようでした。

(今はその新聞社とは疎遠になりました。)

最初は驚き、また信じられず、おそるおそる文面を開くと、ヨーロッパのある国の大使館内にある公的な組織の女性担当者からで、詐欺でも脅しでもなさそうでした。(笑)

返事をすると日曜だったので、月曜にもう一度メールせよと大使館から、別のメルアドを書いた返事がきました。

その作品と言うのは、かつて2018年にある地方新聞社の随筆コンテストで月間第2席になった僕のエッセイ、「がんばりまいよ」という作品です。

母校が甲子園の決勝に進んだ時、親友とならんで応援した思い出深いエピソードでした。

その親友はその年の年末、旅立ってしまいました。

(このブログにも書いたはずです)

 

そんな日本語の僕の作品を、その国の言語で翻訳するコンクールの、課題文として使わせてほしいというものでした。

第1席(最優秀)でもないのに、どうして、と思いました。
もちろん名誉なことですし、僕の作品ということが明示されていればいいだけです。

(これ以上は詳しく具体的に書けません。というのもこの5月から7月中旬までコンクールが開催されている、真っ最中だからです)

一つだけ質問しました。
それはこの作品を課題文として使おうと思われた理由です。どうして白羽の矢が立ったのか?

不思議でした。
するとこんな返事を頂きました。

「わたくし個人で感じたことですが、この作品は、漢字とひらがなとカタカナのバランスがよく、日本語文脈に沿う時間の流れを表す言葉、日本文化独特の校歌や方言、和製英語や甲子園用語など、ギュッと詰まっていると思いました。」
また、前任者の推薦もあったと教えられました。

しかも「他の作品も拝読いたしました。「オババ」、「五十年前からの宝物」も好きです。」とありました。
「オババは」「徒然草エッセイコンテスト」で、「五十年前。。。」は「家の光コンテスト」でやはり優秀賞:2位)を頂いた作品です。
それほど読み込んで頂いた上での選考だったのかと感激しました。

そんなことまであって、入院前は大変でした。笑
7月末には、具体的なコンテスト内容を書けると思います。

その機関のホームページには、もう作品が紹介されていますが、もう少しお待ちください。

 

あ、ペンサービスでしょうが、「五十年前。。。」や「オババ」はわたくし個人としても翻訳したいと思っています、とその方は書かれていました。