「不整脈」「発作性心房細動」から戻ってきました ③ | 伴に歩んで

伴に歩んで

ガンと闘った老夫婦の人生日記です。

アブレーション当日(5月18日月曜)の朝食は半量、食べて下さいと言われ、あとは絶食になりました。

 

7:30に点滴開始。ベッドサイドに笑気ガスボンベも運び込まれました。

午後一番のオペに娘も来てくれました。

循内の若い女性医師も「私もお手伝いします」とあいさつにきてくれました。

 

看護師さんたちがとっても優しくて感激しました。

導尿のセッティングは開き直ってお任せしましたが、「ライフリー」を装着してくれました。

ライフリーの上から術衣(レンタル)だけの情けない恰好で、ベッドに寝ころがったまま血管造影室に運ばれました。

医師(循内、放科3名)、放射線技師2名、看護師1名が室内にいました。

僕は割に冷静に見まわしていました。

 

でもすぐに口にマウスキャップを宛てられました。

息をしないように頑張ったのですが、数秒後、あっけなく気絶してしまいました。

 

夢を見ました。

そこは「地獄」のような光景、燃え盛る煉獄でした。

懸命に逃げましたが、誰かに追いかけられ、絶叫しました。

後で聞くとぐうスカ寝ていたそうですが。

カテを大静脈に挿入する感覚も、左心房に到達する意識も全くありませんでした。

 

息苦しくてマウスキャプをはねのけると、少し意識が戻り、娘がのぞき込んでいました。

6~8時間はうごいたらダメ(特に穿刺部のある下半身)と言われてましたが、

固定されていたのか、全く動けませんでした。

 

少しづつ意識が戻り、天井を見て病室にいることがわかりました。

もう夜明け近いと教えられ、そんなに寝ていたのかと驚きました。

 

全身麻酔。

怖かったのですが、ありがたいと思いました。

看護師さんが頻繁に声をかけ、穿刺部を見てくれます。

だから、うとうとするだけで眠れませんでした。

 

朝になりました。