哀しみは減り、寂しさは増す | 伴に歩んで

伴に歩んで

ガンと闘った老夫婦の人生日記です。

妻が亡くなって1年半になりました。

 

先週のように、PCがない状態だと、自分の感情をぶつける方法がありませんでした。

家事をしていても、散歩をしていても妻に語り掛けていました。

もちろん返事はない。

だからまた、寂しい海辺に立っているような、孤独感の持って行き場がない1週間でした。

たまらず娘のPCでエッセイをひとつ書いて応募しましたが、まだ書き足りません。

 

日々、妻を失った哀しみは少しづつ減っているように感じます。

ですから衣類などのは処分できました。

しかし、傍にいないという現実は、日々刻々、寂しさとなって増幅しているように思います。

 

ブログにせよ、エッセイにしろ、載ると友人たちから何らかの言葉をいただけます。

それはとっても嬉しいことなんです。

 

特に、わがことのように喜んでくれる人が一人います。

 

僕の中学時代の同級生の女性。

Yさん。

詳しくは以前書きましたが、

新聞に載った僕のエッセイを見て、新聞社に手紙を出してくれて、僕に回送され、そこからラインで友人のお付き合いが始まりました。

彼女は中学時代の僕のことをよく覚えてくれていました。

僕も、目が大きい美人の彼女をよく覚えています。

作品の「ファン」だと言って、いつも感想を送ってくれます。

そして妻を失ったとき、初めて知りましたが、彼女も最近次男さんを失っていたのです。

 

彼女は生まれた土地、あの海辺の寒村で結婚し母になり、今はおばあちゃんになっています。

(あの、というのは僕の作品によく出てくる村だからです)

健康不安はありますが、気丈な方です。

僕の妻以上に、「この街で」の歌が似合う女性です。

朝は四時に起き、地元紙の随筆欄に僕の作品が載っていないか確認し、それから早朝のお墓詣りに行かれることが多いそうです。
(友人に唆されて地元紙に投稿を初めましたが、2年ほどで3,4度入選、表彰されました。月に一度の投稿です)
僕が早朝散歩をしていると言うと、「同じですね」と喜んでくれました。
 
だけど彼女に、自分は「寂しい」だとかは言いません。
子を失い、毎朝のようにその子のお墓参りをする母に、禁句だと思うからです。
特に僕は応援され、彼女に言わすと「同級生の希望の星」だそうです。
明るい話題しか送りません。
彼女も笑顔いっぱいの家族写真を送ってくれます。
 
でも、僕は本当は寂しいんです。
特に平日は。
毎日、病院の妻のそばで過ごしていた日々が、今はぼっちで静かな家の中にいる。
息が詰まりそうになります。
そうでなくても寂しい人生でしたから。
 
でもYさんたちのおかげで、やせ我慢して頑張ろうとしているだけです。(#^.^#)
Yさんも同じかもしれませんが。
 
今でも僕を「穂高君」と呼ぶ彼女を主人公にエッセイか小説を、そのうち書こうと思っています。