伴に歩んで

伴に歩んで

ガンと闘った老夫婦の人生日記です。

5年間で5度のS状結腸がんのオぺを経験した最愛の妻に、この亭主が寄り添い、 1日1日の幸せを噛み締めながら、大切に歩んだ闘病の軌跡と、その後の生活や趣味のエッセイのことを書いています。 


 

再発を繰り返し、最後は多くの臓器に転移してしまった妻。延命治療はしないでほしい、という意志を若い主治医は尊重してくれ、痛みを抑える強い薬で、2019年1月16日に64年の短い生涯を終えました。

 逝くのは怖くない、ただ痛みが嫌なだけ、と言い続けた妻でした。粛々と自分の現実と運命を受け止めていました。

「まっすぐで意志の強い人だった」。主治医は妻をそう表現し、僕以上に妻に寄り添ってくれました。


2021年春、この若い主治医と妻との信頼を書いた僕のエッセイが、読売新聞社と日本医師会主催のコンテスト「生命を見つめて」で、審査員特別賞を頂きました。(右下)妻も喜んでくれていると思います。


また闘病記事はブログから製本し、大切に持っています。 
 


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17日(日曜)、娘の運転で入院のために、14時に病院へ行きました。

 

日曜なので事務部門は閉鎖しており、丁度入院に来た数人が一緒に守衛室の許可を得て、それぞれの病棟へ上がりました。

でもこのことで後でトラブルが起きました。

 

3泊の予定なので荷物は少なくしましたが、ベッド周りには収納も場所もないので困りました。

4人部屋でした。

でも、これも後でトラブルになったひとつです。

最後に書きます。

 

24時間心電計と点滴ポートを装着されました。

持参した家で飲みかけの薬と、追加でもう1種類の服薬指導があり、明日からのスケジュールの説明などがありました。

その後、少し恥ずかしい処置も何とか乗り越え、17時半には夕食が配膳されました。

日曜なので先生はこられませんでした。

 

僕はアトピーがあるので、入院中に背中や脚にかゆみが出ないように祈っていました。

(内緒で塗り薬は持っていました。いざとなれば娘に塗ってもらうつもりでした)

 

そんなこんなの初日でした。

 

 

散歩コースです。天国へ向かう道。