その年の正月明け、一年以上もの間行方が分からなかった大平くんから近況報告を兼ねたメールを受信した私は嬉しかった。生存の無事が確認できただけではなく、彼が来し方を振り返って私小説のようなものを行方不明の期間に書いていたという事実がとても気になっていたからです。だから、彼の新しいアドレスから送信されたメールに添付されていた「For Your Love」と題されたファイルを開く時は心臓の鼓動を感じたほどだったのです。

 

 その晩は土曜日であり、翌日は仕事も休みという事もあり、私は深更に至るまで添付されている原稿を一気に読み切りました。

 

 読み終えて感じたのは、意外にも彼には切れ味鋭い文章力というのでしょうか、なんだか読む者が日本刀で巻き藁をスパッと試し斬った後に覚える心地よさのようなものを感じさせるものがありました。肝心な内容も未だかつて読んだ事のないような世にも奇妙な秘境の花が咲き乱れる園に導かれるようなものでした。そして、高い教養。これは意外ではなかったですが、私と親しく酒席をともにしていた頃は、やれアイドル追っかけの青春だとか昼キャバでの人妻との恋路などを得々と語ったいたわけです。それに一年と少しの期間といえど、その期間の不通はその存在が消えていたわけであるから、幼児だった甥っ子に数十年ぶりに会ったような時間の錯覚もあったのです。

 

 かれこれ約二十年も以前の話なのですが、私の脳裏に焼き付いた強烈なる印象が紙媒体に残す事を希求して、その文章はプリントアウトして未だ残していたわけであり、諸般の事情から原文をそのまま転写するのではなく、原文にきわめて忠実に少し修正補完しながらその概略を紹介したいと思います。

 

 原稿用紙にして100枚程度から成る「For Your Love」と題された私小説ないし奇妙な手記は、次のような一分から始まり、しっかりと私の心臓を掴みました。

 

 「愛は技術か本能か・・・。私がそんな事を思い悩むようになったのは、アイさんこと沢木愛子さんと出逢って一年も過ぎた頃の事です。強い絆で結ばれて、そして海よりも深い愛に生の歓びを感じた私たちは、会っては歓びそして癒されるという逢瀬に心痺れさせていたのです。自然、二人の間に将来という言葉が出てくるわけですが、この頃から、私たちは愛というものについて語り合うようになったのです。

 愛は技術か本能か、これはアイさんから投げかけられたテーゼであり、よく理解できなかった私はこんな風に答えたのを今でも覚えています。」

 

 

 

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