大平くん失踪事件については、結局、その年の十二月、つまり彼が行方をくらましてから約十か月後に銀座の興信所北条氏によって、その居場所を突き止められた。青梅線の最終地奥多摩駅からバスに乗って更に奥に進んだ山里の小さな古民家でアイさんと仲睦まじく暮らしていたわけで、今後の二人の関係がどうなるのかは私には分からない事でした。

 

 北条氏は両親やお兄さんが心配している、早く家に帰れとだけは説得したらしいが、この辺は調査以来の範囲を超えている。ただ、北条氏から非常に意外な話を聞かされたのは、大平くんが約十か月の墓前生活において手記を書いていた事であり、その目的を聞いた時です。つまり、彼は我が生い立ちの記から始まって、青春のアイドル追っかけ時代、そしてアイさんとの出逢いから現在に至るまでをまるで私小説のように書いており、ある出版社から共同出版の約束までを取り付けていたというのです。

 

 小説出版というのは当時の私の夢であり、ましてや彼とアイさんとの関係をモチーフにと考えた時期もあっただけに、何とも言えない驚嘆の衝撃を受けたのです。そして、至急、大平くんに再会したい、そしてその小説というか愛の手記というか、その原稿を読んでみたいと発作のように激しく思い立ったのです。

 

 北条氏を通して、大平くんの承諾の下、新しい携帯の番号とメールをアドレスを教えてもらっていたので、私は正月明け早々に、その後の彼の状況も把握しないまま、そのメールアドレスに宛てて連絡をしてみたのです。三日後に長い返信メールが届きました。

 

 概略、次のような内容の文章が久闊を叙した上で並んでいたのです。

 

 「レインさん、お久しぶりですね。私は昨年末に家族に行き先を突き止められ、兄貴の説得の下、実家に再び舞い戻りました。だから、現在は地元にいるわけですが、今後の進展についてはいろいろ考えているところです。両親家族には本当に迷惑をかけ、心から反省しています。さて、レインさんが御関心のある私の小説ですが、これは「For Your Love」というタイトルで文灯社から自費出版ではなく共同出版という形で今年中に出版される予定です。初稿の段階に入っているのですが、その道の先輩でもあるレインさんにも感想を求めたくなりましたので、原稿を添付させてもらいました。」

 

 そんな内容の文章が続くわけですが、最後にアイさんとの関係について触れてあり、私は思わず心臓の鼓動を感じる程驚いてしまったのです。

 

 「結局、短い間でしたが奥多摩で一緒に暮らしたアイさんとはいろいろ話し合ったのですが別れる事になりました。喧嘩別れでも嫌いになったからでもありません、言ってみれば発展的別離なのです。そんな話も「For Your Love」には書いていますので、読んでいただければさいわいです。」

 

 私は、少し怖いような気持で「For Your Love」と題された添付ファイルを開いてみる事にしました。

 

 

 

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