以前彼が戦後フランスにあったといわれる宇宙手裏剣連盟の話をしたことを思い出します。

 

 

 手裏剣は結局どんなに達人的に飛ばしても、いつかは地面に落ちる、つまり万有引力の法則だけには逆らえないわけだ。

 

 

 それを超越せんと努力するために宇宙という名を付けたらしくて、ちゃんが笑っていたと語っていたものです。

 

 

 しかし、人間の幸というものもこれと同じでいつまでも空を舞っているわけにもいかない。麗子との関係もそういうことだろうか。

 

 

 関東地方にあっては最大規模の神社境内に集結する各種古武道の達人たちのもとへと向かう電車の中、二日酔い気味の彼は、ただただそんなことだけを考えていたようです。

 

 

 その日曜日、ワタシも麗子も所用があって出かけられなかったのですが、ユッキーが買ったばかりのデジカメを持っては、ひとり見学にいったものです。

 

 

 その晩だったでしょうか。

 

 

 いまだ引っ越さないお化け屋敷のアパートで寛いでいるワタシのもとに、ユッキーから電話があったものです。

 

 

 「参ったよ、今日の山ちゃん、凄かったんだよ・・・・!」

 

 

 興奮気に声をあげる彼女でして、ワタシはとても悲劇の結末を察してしまい、一瞬耳を覆いたくなったものです。

 

 

 「10発10中・・・・!それだけじゃない、彼だけ終わってから、イギリス人の記者にインタビューまでされてさ。凄い脚光を浴びたんだよね。」

 

 

 「えっ・・・・。」

 

 

 「びっくりしたのは、目隠しして打つやり方・・・・。的にさ、ダーツの板みたいのを置いて、少しだけ見て、それから鉢巻きで目隠しして

投げたんだけど、全部、ど真ん中に当たっちゃってね。会場がざわめいたんだから、ホントに凄いよね。」

 

 

 純白の道着に青地で刺繍された流派名を胸に黒の袴で颯爽とした山田を目に浮かべては、私もつられて興奮してきたものです。

 

 

 「特別にインタビューまでされたのか・・・・。」

 

 

 「そう、なんだっけ、何メートル先からなら、相手の眼球に確実に当てるだとか・・・。それに質問もされていたんだよね。」

 

 

 「質問・・・?」

 

 

 なんだか背中にそわそわとするものを感じるワタシです。

 

 

 「なぜ、アナタは眼をつむって、的中させることができるのかって・・・。通訳付だからアタシにも聞こえたわ。」

 

 

 「なんて答えたんだい。」

 

 

 「的を見ればみな同じです。その残像を心の中に浮かべるだけなのです。同じじゃないな、むしろ心に浮かべた的の方が若干大きく見えるもので、あとは心の中の的に自然に入っていくだけだから、必ず当たるんです・・・・・。そんなふうに答えていて、イギリス人の記者が焦りまくっていたんだからさ。」

 

 

 「・・・・・。」

 

 

 「それにね、そのインタビュアーがさ、それはなんとなくわかる、しかし、それはじっくりと時間をかけて精神集中して的をみつめた結果なわけでしょうが。しかし、アナタは今回、ニコニコ笑いながら、数秒間しか的を見ていなかったはずだ・・・・・。」

 

 

 「彼はなんて答えていたんだい。」

 

 

 「それは日頃の修業の賜です。僕はここ一週間ずっと的を見続けていたのですなんて、真面目なカオしていうんだよね。」

 

 

 「あいつ、練習なんか何もしてないぞ・・・・・。的を見続けていたって、麗子のことを言っているんじゃないのか。」

 

 

 ユッキーの興奮が電波にのってこちらまで伝わってきたものです。

 

 

 この取材は大成功して、後に全英で放映されることになるのですが、僅かばかりの出演料をもらっただけで実入りにならないのは当然だし、彼がちゃんから学んだという不思議な失伝した流派の手裏剣術は、このときにたった一度だけ蘇っただけの話です。

 

 

 そして、もう一度だけ本当に蘇っては永遠に失伝するわけでして、これがこの話のクライマックスにもなるのですが・・・・・。

 

 

 それから、しばらくして、彼から電話があります。

 

 

 

 

 

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