3月も半ばのことです。当時のワタシは、まだスッポン捕獲を覚えるまでには至っておらず、鯉釣りを中心に近場の川に出現しては、そろそろ天然のウナギと再会できる時節かなと胸躍らせていた時期です。

 

 

 そして、まだお化け屋敷から引っ越すことに躊躇していた時期でして、深夜久しぶりに山田から電話があったものです。

 

 

 その晩は、土砂降りの雨音が竹木をしならせ、ワタシのアパートのガラス窓で太い爆竹音を鳴らせていたものです。

 

 

 彼の受話器の向こうからも、土砂降りの音響はこだまして、それがあたかも彼の悲痛な鳴き声のように思えたのは、こういう内容からです。

 

 

 「麗子との関係は、どうやら、もう終わりになりそうです。」

 

 

 「・・・・・。」

 

 

 「あいつ、先週から、ユッキーの六本木の店でホステスをやることになったんですよ・・・・・。オレに内緒でね。」

 

 

 それから、一週間後の土曜日、久しぶりにワタシと山田が初めて一緒に呑んだ新宿西口の赤ちょうちんでカオを合わせたわけですが、開口一番、彼はこんなことを暗い表情でつぶやきます。

 

 

 「もう事後報告なわけなんですよね、結局、彼女との結婚というのは、これでなくなったも同然なことです・・・・・。」

 

 

 「なんで、彼女はそんなことを始めたんだい・・・・・。」

 

 

 「理由を言わないんですよ、それがもうつながりのなくなった証拠で。ただ、昼間の派遣会社の社員だけでは、生活するのにきつくなったというだけ・・・・・。」

 

 

 「彼女、そんなに生活が大変だったのかな。」

 

 

 「えっ・・・・?」

 

 

 初めてカオを上げる彼でして、そういえば、麗子の私生活もよくわからないままであったことに初めて気づいたかのような目色をしめします。

 

 

 いずれにしろ、あれだけの美貌で、明るく気だてのよい彼女のことです。きっと、すぐに人気ナンバーワンになることは、彼でなくともワタシにも容易に予測がつくことです。

 

 

 狼たちのど真ん中に大きな羊が解き放たれるようで、もはやそのことに心労するには、最初から限界を感じたものだったとは思います。

 

 

 「要するに、オレとはいつの間にか友達関係になってしまった、いや最初からそうだったのかな。いうこときくわけないですよ。挙げ句のはて、最初の客になってくれなんていうわけでして・・・・・。」

 

 

 「行ったのかい。」

 

 

 「ええまあ。アルバイトクラブだなんていうふざけたネームをしていましたがね、アフターじゃ、助平オヤジに焼き鳥のように串刺しにされる可能性が、いっぱいある・・・・。いや、今頃、つくねのようになってるかもしれないや。」

 

 

 ジェットコースターで男が恐怖を感じたとき、女のように「きゃーっ」という悲鳴をあげるものはいないはずです。「ぎゃーっ」もないかな。おそらく、大概は、「うぉーっ」というような低く殺した悲鳴のようなものに違いありませんが、山田はその晩、そんな悲鳴を数々の嫉妬的想像とともにグラスに浮かべ上げていたような気がします。

 

 

 確かに、二人の間に一つの結論が出たのは事実のような気もするが、どうなんでしょうかね。まだ、麗子の謎的苦悩については話を進めていません。麗子の本当の苦悩というのは、もう少し先の話となります。

 

 

 しかし、当時は、随分、二人の間でメールのやりとりが盛んになっていたようです。

 

 

 メールというのは、面とあって話さないですむだけに、いっそう過激なものになることは否めない点があります。すぐに返信があった麗子からのメールが急に遅くなり、翌日になったり、挙げ句返信がなくなったりすることもある。

 

 

 いい加減にしろ、そんなにイイ男が好きなのか、今でも昔の男が忘れられないんだろうね、情けないよ。それじゃ、もう逢うのはやめにしよう、さよなら。

 

 

 胸のもやもやをスッキリさせんとばかりに、そんな過激な絶縁的メールを送信しては、彼女のことを忘れようとする彼なわけですが、しばらくすると、本当にゴメン、この間は言い過ぎた、なんてメールをしばらくしては送信するわけです。

 

 

 それでも二人の縁が終わらず、一応メール交換が続いたのは、結局、彼女が勤めるアルバイトクラブの存在にあり、そこにカオを出す山田の姿にあったのだと思われます。

 

 

 小学校が夏休みに入る時節だったでしょうか。ワタシの元に、ユッキーからこんな連絡が入ります。

 

 

 レインさん、最近、山田さんからの連絡が途絶えて数ヶ月が経つのですが、何か心当たりはありますか。

 

 

 そういえば、ワタシもまた5月の連休頃から一切山田からの連絡が途絶えているのに気づいたものです。

 

 

 どうしたんでしょうかね、麗子の方からも何度かメールをしても返信がない始末で・・・・・。彼女も心配しているんですよね。喧嘩しても一日おきにメールがあり、週に一回はお店に来てくれていた彼が全然来なくなって数ヶ月が経つ・・・・・。

 

 

 どうしたんだろうな、あいつ・・・・。

 

 

 その小学校が夏休みに入る時節、ワタシは購入してみたばかりの携帯電話から山田に携帯電話に連絡してみたことがあります。きっと、ワタシの携帯の番号は知らなかったはずです。

 

 

 意外にも受話器に出た彼は、ワタシであることに気づくや、突然、情けないような弱気の声をだします。

 

 

 「ああ、レインさんか、ちょっとね、実家の方で大変な事が起きたんですよね・・・・・。」

 

 

 「大変な事・・・・。」

 

 

 「また東京に戻ったら話しますが・・・・・。」

 

 

 「お母さんの具合でも悪いのかい。麗子も心配しているらしいよ。」

 

 

 「母親は元気なんですがね・・・。麗子・・・・?ああ、彼女ですか、元気なのかな。彼女の事は二の次になりそうな問題が自分の身辺には起きたわけなんですよね。」

 

 

 彼女の事が二の次・・・・・。

 

 

 身を焦す程の男の性欲というものは、若い時分には、何よりも優先されるものだが、山田の場合、それが二の次になるというのは、肉親の不幸以外に想定しにくい。

 

 

 彼は地元岩手で母一人子一人の寂しい家庭生活を送ってきたといっていたが、その母親は元気だという。

 

 

 麗子の事が二の次になるというセリフに、ワタシは本当に壮絶な人生における事件が彼の身に起きたことに気づいたものです。

 

 

 この話のメインテーマ、手裏剣男の本領は、ここから本題に入ります。

 

 

 

 

 

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