正月に、山田の神域たる手裏剣術をワタシたちが目撃してからというもの、二人の恋愛関係には少し微妙に変化が生じてきたようです。
結論をいうと、一層仲睦まじい関係になってきたわけでして、麗子の彼に対する思慕にはますますの炎が、ガスバーナーでいえば、彼女の手により一挙に強火にたきつけられたかのような感じがしたものです。
その当時は、ワタシと山田、麗子、それにユッキーの4人で、何度か遊びに行ったりもしたものでして、山田はどうもワタシとユッキーとを恋人同士にと考えていたきらいもあり、見合いジジイとは正反対な真実の友情に基づく思惑を抱いていたような感じがします。
あの頃が一番愉しかったな。いってみれば、自分にとっても青春の最晩年期、彼との付き合いで癒され、そしてユッキーのような素敵な女性とも知り合えた。
ただね、ユッキーというのは六本木のクラブホステスでして、派手派手しい雰囲気は、とても遊び慣れたイメージを人に抱かさせ、結局はワタシのことを大事なお客さんにしたかったのが根本にあったのだとは思いますが。
節分の時期、ワタシ達4人に、ワタシの男友達、それにユッキーの女友達をそれぞれひとりづつ加えて、山中湖に一泊旅行をしたことがあります。
そのときの山田の狂喜のはしゃぎようというのは、今もって忘れがたいものがあります。
舟盛りの夕食を終え、個室で二次会をなしたときには、それぞれがいろんな熱き夢を語り合い、話はとめどなく続いたものです。
その深夜、ワタシは、山田と二人で温泉につかったものです。
天窓の向こうには、星屑のジュエリーが煌びやかに踊り、湯船の二人は手ぬぐいを頭上に乗せては、故郷を思いやるように、なぜかしんみりとした気持ちになったものです。
そんな感傷を打ち破ったのは彼の方です。
「レインさん、やっぱり、オレと麗子さんの関係って凄く変ですよね・・・・。」
「えっ・・・・?」
「お見合いセンターでね、結婚を前提に付き合い始めたわけなのに、何か変なんですよね。途中から、彼女の気が変わったような気がして・・・・。最近じゃ、結婚のけの字も出さないんですよ。といって、仲が悪くなったという気もしないんですがね。」
「へぇ、そうなんだ。」
「大体、知り合って、もう7ヶ月になるんですよ。思いきり抱き締め合った事はあるのに、どうも結婚の意思というものが感じられない。なぜなんでしょう。やはり、自分と麗子さんとじゃ釣り合いがとれないのかな。それにさ、そもそも彼女のような男性にも何にも恵まれた女性が、30歳を前にしてお見合いセンターに登録したという事実が不思議なんですよね。」
「・・・・・。」
「そもそも、最初は良縁センターで知り合ったわけなんだから、何度かデートをして、別に肉の問題を考えることもなく、秋頃にはね、田舎の母に紹介してという段取りを考えていたんです。ちょうど、その頃からですかね、彼女の態度が豹変しだしたんですよね。」
「豹変って・・・・。」
「ちょっと慌てだした・・・・。親に紹介するのは、もう少し待ってよ・・・。結局ダメなんだな、そう思ったわけですが、それなりに仲の良い状態は続いている。よくわからないんですよね、クリスマスの夜も一緒に過ごしたんだけど・・・。そうこうしているうちに、あの得意の手裏剣を披露してからというもの、今度は向こうの方から、頻繁にメールが来ては呑みにいこうなんて言ってくるようになったんだけど、どうなんでしょうか。一応、交際期間が7ヶ月も続いて、婚約の目処も立たずに、さらに親に紹介するのも拒絶されるというのは、やはり、オレは嫌われているんでしょうか・・・・・。結局、自分に自信がないんだよな。」
俯き加減に苦い顔をする彼です。
「どうなんだろうね、歳月で計れるものじゃないしさ。いろいろな女性がいると思うんだよね。何か、彼女、過去があるのかもしれないね。何気に聞いてみたらどうなの。」
「いえいえ、秋頃からね、いつまでたっても結婚の目処が立たず、彼女の方から友達感覚のような振る舞いをされるようになってからというもの、逢う度に彼女の心理を問い詰めているんですがね・・・・。」
「逢う度に・・・・・?」
「いや、逢う度にといっても、そんなに強くいっているわけじゃないですよ、何となくって感じですよ。それに性的な嫉妬心も強くなってしまい、そんなことを彼女に聞き込む自分が嫌になってしまってね。」
セックスやらエッチというのは、若い頃というのは、男女の間にあっては大きな温度差があるような気もするものです。
どうなんでしょうかね、若い頃にあっては、男の場合、多くは付き合っている証左=肉体関係、一年も付き合っていて、それがないということはおかしな話だ、極端にいえば、嫌われているとしか思えないという人もいるかと思いますが、女の場合どうでしょうか。
ワタシは、女じゃないからわかりませんが、男の直接的本能的な性欲とは異質なものがあり、要するにセックスは精神的な結びつきの単なる延長にあるような気もします。ホントに愛されているのどうか、愛情の一確認という感じでしょうか。
経験しなれた女性というのは、男のそういう下半身の本能的人格というものに何となく気づいているわけですし、開発されたところもある。
いずれにしろ、交際期間の長短にかかわらず、本当の愛さえあれば、セックスなんてどっちでもいいといっていた女性を何人も知っていますし、オルガというものは本来後天的なもののような気もします。
まあ、人それぞれで独断でものをいうのはよくないことかもしれませんが、性交に関しては男は大概が似たようなものであり、女の方が複雑にいろいろな人がいるという感じでしょうか。
多くの男の場合、一発やった、これは非常に大きな問題でして、自分の恋女房に男の相談相手がいて、週に一回人生の一大事を川辺の夕日で語らい合っていると聞いた場合、勿論激高します。激高しますが、手も握っていない関係だと知るや、少し安心し、大人の対応で二人を引き離すようなところもあります。恋人の過去についての嫉妬にも似たようなものがあるような気がしますね。
女の場合どうでしょうかね。いくら手をつないだこともないとはいえ、心底愛する旦那に全面的に身をゆだねては交換メールで仕事を越えた人生の相談事をしあっている若い女性の部下がいると知るや・・・・。この一事をもってして、普通の男よりは狂熱にさいなまされるような気もします。
当時は、山田もワタシもよく男女の性欲の違いというか温度差をわかっていなかったのだと思います。
「うーん、そうなんだ。結婚したいのもさ、それに他の男と寝るんじゃないかという性的嫉妬もわかるけど、まだ7ヶ月だろ。どうなんだろうね、よくわからないや、これからなんじゃないのかな。」
「確かに、最近、手裏剣を契機にしてですね、妙に彼女の好意に新鮮なものを感じるようにはなったとは思うのですが、ホントに彼女と一緒になれるのかどうか、死にそうなくらいに不安なんですよね。」
それから一ヶ月もしないうちのことです。山田と麗子との間に、ちょっと普通のカップルには珍しい事件が巻き起こり、山田は青ざめることになるのです。
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