ブログというものの敷居がよじ登るほどの高さにまで上がってしまって居りましてこんばんは。
時間の経過でさらに上昇することは目に見えておりますのでここらでよいこらしょしておく。
『いまここに在ることの恥』
という本を読みました。辺見庸という人の書いた本です。ジャーナリストなのだそうです。
この人の文章を地方新聞のコラムで読み、その浸透圧の高さ(わたしにとっての)に、
(「水の透視画法」というコラム。まさに水 のような)もっと読んで飲んでみたいと。
生きていることの気持ち悪さ。脈絡もなく湧いてくるそれ。例えるなら
見えない水底に足が着くような、醒めたような沸き立つような。
そういった感覚が子供の時分からありまして。
言語化が出来ない してはいけない 故に 共有も出来ない。
出来ても余計にその感覚が強まりそうで。
でもきっと大切な感覚で。
なので題名のその文字列でそのもやもやが 何とか捕まえられるような気がして読んだよ。
きいたこともないような単語が随所に使われていて それも魔法の呪文を獲得したような収穫。
全文引用したい程だがそうはいかないのでなぜか目から水がだらだらと流出したということだけ。
漫然と暮らしていた私め まんまとアジテートされたのかもしれませんが 言葉の存在に感謝した。
私はまだ比較的若いし、申し訳ないくらいに五体満足で健康だし、言葉を受け取れ また発信も出来て
口を半開きにして頬杖をついているばあいではないのだ!いま打ち倒すべきは己の冷笑主義なのだ!
という決意も束の間 日常の茶飯事のぬるい流れに飲まれて もとのみずにあらず 不一