戸田清「ふるさと穂積に生きた人々の記録7鉄路を穿つ」(A5判函、全460ページ、穂積町1999年4月24日発行、定価記載無し)
目次
第一章 故郷(p1)
第二章 就職(p57)
第三章 鉄道教習所時代(p79)
第四章 鉄道部内遍歴時代(p187)
第五章 鉄道建設・現役時代(p215)
第六章 第二の就職(p401)
第七章 限りある日々を活かす(p411)
岐阜工事局に勤め、倶利伽羅ずい道と言った、北陸のトンネル工事を担当した著者による自伝。自伝ということで、ドキュメンタリー作品のような重点の置き方や、鉄道史から見た工事の意味合いなどには触れられていないが、鉄道教習所やトンネル工事の現場の様子が、その生活状況や現場で使われている符丁などと共に記されており、トンネル工事の現場を知る一次資料となっている。その他に、トンネル工事そのものだけでなく、事前の現地調査や、トンネルを掘って出る土砂の後始末などにも触れられており、トンネル工事の全容を知るにも良い資料と言える。
あと、本題とは関係ないのだが、著者が昭和20年12月に見た光景として、p135「ポイントをガタゴトと通り越して停車したのが直江津駅の本屋寄りのホームであった。夜も更けた九時頃であったように思っているが、いままでは、ただ唯、押し黙っていた人たちが、我を競ってホームに降りたモンペ姿の人たちがホームと車両の隙間で一斉に放尿する様は、まさに人間の羞恥を、かなぐり捨てた姿。もちろん、そのあとは立って、できる人たちである」と記してあり、当時の女性客の苦労が生々しく伝わってくる描写となっている。