中川家礼二・原武史「「鉄塾」関東VS関西 教えて!都市鉄道のなんでやねん?」(B6判、全196ページ、ヨシモトブックス2011年8月4日発行、定価1238円)
中川家礼二の、関東と関西の鉄道の違いはどのように生まれていき、どのようになっているのかの問いに、原武史が答える、というものなのだが、いつものように、原の独断と偏見に基づいた回答となっており、質問者の礼二の方は、もっぱら聞き役に回っているため、鉄道好き芸人としての面白さは出ていない。本書で原は、私鉄はお上に対する対抗意識のため、大阪駅ではなく難波駅と名付けたと言っているが、梅原淳が「鉄道駅・路線不思議読本」(朝日文庫)で、当時、政府と対立していた大阪市が難波と名付けたのに配慮して、と書いているのは知らないのか、無視しているのか。そんな原の独断の中で、一番驚かされたのは、日本の鉄道の線路幅が狭軌になったことに対して、p62「当時のイギリスとしては<日本なんてものはいずれ植民地になるんだから、それ相応で構わない>っていう思惑があったんでしょうね」と言っていること。このような説は初めて目にするものだし、もし当時のイギリスにそういう意図があったとしても、史料としては残っていないだろう。そもそも、植民地にするつもりがあるのなら、日本に国力を付けさせるような鉄道建設に協力はしないだろうし。原武史が、自分の発言に関して、いかに深く考えていないかを思い知らしめる一文と言えよう。