永松潔画・高橋遠州原作「テツぼん2」(B6判、全218ページ、小学館2011年3月3日発行、定価648円)
第1巻と同様、二世国会議員で鉄道マニアの主人公が、持ち前の鉄道知識を活かして、問題を抱えている鉄道を救済したり、新たな政策プランを提案して意外と政治家として出来る人物と思われたりする話。第1巻に比べると、ネタが無くなってきたのか、主人公が知っている鉄道の技術や運営で問題解決、という話は少なくなり、代わって、新キャラを登場して人間関係を膨らませたり、いい話っぽい作りが増えてきているのだが、ややぎこちなさが感じられ、鉄道ネタを提供する原作者だけでなく、ドラマ的構成を考える第二の原作者も含めた方が良いのではないか。
第1巻を読んだ時、主人公が国会議員なのは不自然ではないか、と思ったのだが、p178で秘書から「(主人公が属する政党が与党になり、所属している野党最大派閥から総理が出れば)ボンかて大臣政務官くらいありつけまっせ」と言っているところを見ると、最終的には、内閣がモーダルシフト化やローカル線活性化のため、鉄道推進を政治的に押し進めようとして、主人公が無任所大臣(管轄する省庁を持たない大臣)として鉄道大臣に就任して最終回となるのではないだろうか、などと勝手に思ったりする。
ドラマと言えば、先日、池田邦彦「カレチ1」(講談社)を読み返してみて気づいたことがある。第1話で、雪でダイヤが乱れ、接続列車が見切り発車してしまうかもしれない中で、母親が危篤で先を急ぐ乗客を待ってもらおうと、主人公が乗り換え客の数を水増しして、接続駅に連絡する場面があるのだが、冷静に考えれば、素直に、母親が危篤の乗客がいるので、どうしても待っていて欲しい、と接続駅に連絡した方が良かったのでは、と思った。この当時の駅間連絡方式はいまいち分からない(鉄道電話の歴史を調べてみたのだが、いつ頃から普及したのか見つけることが出来なかった)のだが、第2話では電報が、第7話では鉄道電話らしきものが出ているので、どうしても乗り継がなければいけない客がいることと、その理由を伝えることは可能だったろう。
そういう穴が第1話にはあるのだが、全体的な構成や、駅員とのやりとりによって、乗り換え客水増しの手段と主人公が向かうよう作られており、さらに言えば、ドラマとしては、懲戒覚悟で水増しした方が盛り上がり、読者としても、単に日常業務としてピンチを切り抜けました、というよりかは、悩んだ末に登場人物は人間味溢れる選択をした、という方が、感動を味わえて良かった、と思えるようになっている。
話を「テツぼん2」に戻すと、そちらには、「カレチ」に当たるような人間味のあるドラマが入っておらず、どうしてもぎこちないものに感じてしまうのである。