蘇我6:05-6:46東京7:00-のぞみ203号-9:36新大阪9:54-11:38播州赤穂11:39-13:02岡山13:45-14:06茶屋町14:11-14:34宇野15:10-16:10高松

先日、高速道路料金値下げの余波で、岡山の宇野と四国の高松を結ぶ宇高航路が廃止になる、との報道があった。最終的には、国道フェリーが減便した上で継続となったのだが、それも今後の情勢でどうなるか分からないということなので、宇野へ行き、フェリーに乗ることにした。国鉄時代、宇高連絡船に乗ったことはあるので、まるっきり未体験という訳ではないのだが、懐かしい追体験をしたい、ということもある。

夜が明けきれない寒さの中を歩いて蘇我駅へ。青春18きっぷに日付を入れてもらい、5時55分発の京葉線各駅停車へ。向かいに座った20代ぐらいの団体が、コミケのサークルスペース表のようなものを広げている。ビッグサイトで同人誌即売会があるのかもしれない。そのため、こんな早い時間だと言うのに、座席はほぼ塞がっている。
団体客は予想通り新木場で降りていき、少ない乗客を乗せて、東京に到着。
京葉線の長い乗り換え通路を歩いて、構内にあるコンビニに立ち寄って、メモ帳を買おうとするのだが売っていない。長期の旅行の際には新しいメモ帳を使うことにしているのだが、仕方がないので、予備のメモ帳をウエストポーチから取り出して使うことに。
さらに歩いて東海道新幹線乗り場へ。事前に買っておき、指定席を予約していた新幹線回数券を自動改札へ通すと、入場記録無し、の文字が出て、ゲートが閉じた。やってきた駅員に18きっぷを見せると、一番脇の有人改札に行って欲しいと言われ、そこで新幹線回数券の磁気処理をしてもらう。
指定券を申し込む際に、山側のE列を希望したのだが、空席無しとのことで、指定券はD列になっている。座席があれば自由席に行ってみると、幸いとほぼ空席という状況だったので、2号車17E、山側の席を陣取る。
昔は全席指定だったのぞみ号に自由席があるのはありがたいのだが、ひかり号が5両なのに比べて、のぞみ号は3両だけなのは、どうにかならないものか。JR東海としては、エクスプレス予約を売り出すためにも、できれば全席指定にしたいのではあろうが。
乗客の方はだんだんと増えてきて、出発時には窓側はほぼ埋まり、隣の品川では8割ほどの乗車率となった。
品川を出てから、左側を注目する。昨日、横須賀線に開業した武蔵小杉駅が見えるはずで、それらしい屋根は見えたのだが、ちょうど横須賀線の車両が停車していたため、駅はよく見えなかった。
窓側ということで、走り去る沿線を眺め続ける。さすがに時速270キロだと向かいホームの駅名板が見えないなあ、と思っていたら、車両の通路ドア上の電光掲示板に、「ただいま新富士を通過」の文字が表示されていた。雪化粧の富士山が良い形をしている。
在来線の東海道本線に比べると、沿線の面白味に欠けるな、などと思いながら、終点の新大阪へ到着。
昼食を調達しておこうと、ホームの売店に入ると、「たこむす」という、たこ焼きをおにぎりに乗せて海苔で包んだものが売られていたので、ネタに購入する。
新幹線改札を抜け、ここから再び青春18きっぷを使っての、在来線の旅になる。
新大阪からは在来線にしたのは、旅費節約もあるが、これから乗りに行く宇高航路に備えて、瀬戸内海を見ておきたい、ということもある。
新大阪からの快速は満席で座れなかったが、隣の大阪で大勢が降りたので、海側へと座る。
しかしながら、海が見える区間は意外と少ない。須磨の浦辺りで瀬戸内海が見え、大きな明石大橋をくぐりつつ、その先にある淡路島を見るまでは良いのだが、あとは海岸からは離れての走行となり、どうにも焦らされているよう。
それに合わせるように、併走する山陽電鉄の線路が海側へと移り、あっちにも乗りたいな、と思いつつ、よくまあこんなに併走する路線を許可したものだと思ったりする。
早めの昼食に、さっき買った、たこむすを食べる。たこ焼きというよりかは、たこの塊ばかりが舌に当たり、たこ入りおにぎりを食べているよう。
列車の方は走り続けて、網干駅に到着。この駅、山陽本線を走る列車の終点になっていることが多いのだが、駅の先に車両基地があるのを見て納得した。一文字違えば、漫画「北斗の拳」の悲鳴だな、などとどうでも良いことを考える。
相生を出ると、乗っている列車は山陽本線と分かれて、赤穂線へと入る。こちら経由でも岡山までは行けて、時間は山陽本線の方が早いのだが、海沿いを走るということで、こっちを選んだ次第。
乗客の大半を降ろして、山陽本線からローカル線の赤穂線に入るなり、線路の保守具合が変わるのか、列車がゆっさゆっさと左右に揺れる。
播州赤穂に到着し、向かいのホームに停車している2両編成ワンマンの列車に乗る。路線の身の丈にあった車両だが、それでも座席は空席の方が多く、楽に窓側に座れた。
景色の方は、内湾がちらりと見える程度で、さっきまでとあまり変わらず。ただ、岡山に入った辺りから、民家の屋根が切妻ではなく城の天守閣のような作りになったのを見ると、文化の違う地方にやってきたのだなあ、と思う。
駅前の自転車置き場がだんだんと目に付いてきて、岡山駅に到着。茶屋町乗り換えで宇野行きの列車にはまだ時間があるので、ポメラで途中までの日記を書く。
7番線発3両編成の列車で茶屋町へ。岡山近辺は、JR西日本のICOCAが使えるようになっているのだが、無人駅に設置されている機械が一風変わっている。JR東日本であれば、小さな郵便受けみたいな小型なものにタッチするのだが、岡山近辺では、自動改札1個分が、ホームの待合い所に線路と平行に、どすんと置かれていて、一方が入場用、もう一方が出場用にタッチする部分となっている。JR西日本の営業方針はよく分からないが、キセルしたらあかんで、という雰囲気がなんとなく伝わってくるような気がする。
茶屋町で向かいの2両編成ワンマンの列車に乗り込んで宇野へ。単線だが、多くの駅では長大編成がすれ違いできるような線路構成になっていて、かつて四国へと向かう客を輸送した往時が偲ばれる。
終点の宇野駅へ到着。1面2線のホームで、突き当たりが改札になっている。駅前の案内板を見ると、宇高連絡船の跡が残っているようなので、行ってみると「宇高連絡船第2バース跡」というものが、海中からそびえ立っていた。青函連絡船が運行されていた青森や函館では船が保存されているのだから、この落差は何なのだろう。
少し歩いて、国道フェリー乗り場へ。自動券売機で390円の片道切符を買って、ちょうど動き始めていた列の最後尾
に従って、船内へと入る。
中には喫煙コーナーとゲーセンにあるようなゲーム機が置かれていて、壁を隔てて椅子が並べられたサロンとなっている。
船尾の方に階段があり、上るとデッキに出た。バスケットコートぐらいの広さで、椅子が脇の方に置かれている他は、広々としている。
前方に見える島々を眺めているうちに15時10分、出航となり、車が渡る板がはずされ、もやいが解かれ、海面をかき回しながら船がゆっくりと動き始める。
辺りに島が浮かぶ様は、海と言えば太平洋という房総半島で育った自分にとっては新鮮な光景。どれがなんと言う島なのか分かるような航路図は無いかと、2階のサロンに降りてみたのだが、見つからなかった。その代わりに、サロンの中央にある売店ではうどんを売っているようなので、かつて宇高連絡船の中で食べたうどんを思い出しながら、景色をおかずにたぬきうどんをすする。
前方を見ていると、あまり景色が変わらず進んでいるようには思えないのだが、海面を見ると、それなりに進んでいるよう。そのうちに、向こうの方に、山とは違ったビル群が見えてきた。高松が見えてきたということで、再び3階のデッキに立って、建物を眺める。時計を見ると、15時50分となっていて、思ったよりも時間が経っている。これなら標準の1時間よりも早く着くのかと思ったら、そこからが長く、結局ダイヤ通りの16時10分に到着した。
予定では、乗り納めということで、もう1往復しようかと思ったのだが、まだ存続するのだから、ということで、高松へ上陸となった。
時間が空いたので、まずは近くにあった高松城跡へと入る。城の堀に使われている水は、近くの海から引いているので海水なのが売りだそうだ。
城を出て、JR高松駅へと向かう途中、宮脇書店というのが目に付いた。四国では有名な書店なのと、宮脇俊三の父親が高松出身ということで、なんとなく気になっていた。まあ、中身は普通の新刊書店なのだが、立ち寄って記念に1冊本を買う。
続けて、ことでん高松築港駅へ。当初の予定では、明日の朝は寝坊しても良いように9時からことでんに乗ることにしていたのだが、早めに到着したということで、スケジュールの変更にと、時刻表をもらう。
再びJR高松駅方面に向かう。途中にある案内板を見て、宇高連絡船の跡を残すものはないかと探すのだが、それらしいものは見あたらない。すっかり再開発されてしまったのか、と思いながら歩いていたら、広めの歩道の真ん中に宇高連絡船讃岐丸の錨が、ずしんと置かれていたが、妙にここだけ重々しい雰囲気になっていた。
ようやくJR高松駅へ。ここでは、かつて宇高連絡船の中で売っていたのと同じさぬきうどんが売られており、駅の外からでも入れるので、入場のためだけに18きっぷを見せるわずらわしさを避けて、そちらへと向かう。
おすすめという、ちくわ天うどんを食べる。自分は千葉生まれの江戸っ子なので、もっぱらそばよりもうどんを食べるのだが、ここのうどんはさすがに美味かった。
ネットで予約したホテルニューフロンティアへ。駅のすぐちかくで、チェックインして部屋へ入り、一息ついてから、ここまでの日記を書く。