やっぱり0系が好き
0系新幹線電車
鉄道史に名を残す0系新幹線電車。
戦後日本の高度成長期と言われた時代、
多くの民衆の夢を乗せて世界に高速鉄道の幕開を宣言した新幹線の開業は、
今も多くの日本人の心に焼き付いているだろう。
その主役を担ったのは言わずと知れた「0系新幹線電車」である。
昭和39年10月開業
東京~新大阪間約3時間。
最高営業速度…210km
全線複線標準軌道、踏切なし。
自動列車制御装置と列車集中制御装置は世界最高水準の安全と利便性を約束した。
当時としては列車愛称とおり、「光」のように速く、輝かしい存在だった。
1.「敗戦国が生み出した平和への願い」
0系新幹線誕生の背景には「戦争と平和」があった。
かつて新幹線の開発者の一人である三木忠直さんは太平洋戦争時に海軍航空技術廠で桜花などの開発を担当した。
多くの未来ある青年の命を消し去った「桜花」の開発を担当した事を悔い、戦後すぐに鉄道技術研究所に入所。
平和利用しかできない鉄道の研究開発に携わった。
当時の新幹線開発チームには多くの戦争経験を持つメンバーがいた。
0系新幹線には今も彼らのメッセージが込められているような気がする。
「これから平和を祈って確実に進化していくであろう日本と子供達へ」
今からおよそ50年前に込められたメッセージが今の子供達にも確実に伝わっているようだ。
0新幹線世代ではない現代の子供達に「新幹線」の絵を描かせるとどうだろう?
不思議とかなりの確率で「0系」の絵を描くのだ。
姿や色は変わっても新幹線が持つ安全や快適を求める基礎は変わっていないように、
当時の開発者が祈った平和への思いが、現代のN700系にも届いている。
2.「私たちのアルバムに」
家族旅行、夏休み、修学旅行…アルバムを開いてみると、そこには必ず0系がいた。
幼き頃、東京駅のエスカレーターを上がっていくと聞こえてくる「ゴーッ」という音。
そこには、まるで翼のない飛行機ごとく優美なスタイルの0系がいた。
すぐさまホームの端に行き、記念写真を撮ってもらう。
0系に乗れる事がすでに旅行目的だったりした。
1編成16両に1200人を載せる事のできる0系は引退までの44年間、
様々な人々の瞬間(ドラマ)に携わってきた。
JR西日本がアップした「ありがとう0系新幹線スペシャルサイト」を見ると、
そのメッセージを感じ取る事ができた。
鉄道史に名を残す0系新幹線電車。
戦後日本の高度成長期と言われた時代、
多くの民衆の夢を乗せて世界に高速鉄道の幕開を宣言した新幹線の開業は、
今も多くの日本人の心に焼き付いているだろう。
その主役を担ったのは言わずと知れた「0系新幹線電車」である。
昭和39年10月開業
東京~新大阪間約3時間。
最高営業速度…210km
全線複線標準軌道、踏切なし。
自動列車制御装置と列車集中制御装置は世界最高水準の安全と利便性を約束した。
当時としては列車愛称とおり、「光」のように速く、輝かしい存在だった。
1.「敗戦国が生み出した平和への願い」
0系新幹線誕生の背景には「戦争と平和」があった。
かつて新幹線の開発者の一人である三木忠直さんは太平洋戦争時に海軍航空技術廠で桜花などの開発を担当した。
多くの未来ある青年の命を消し去った「桜花」の開発を担当した事を悔い、戦後すぐに鉄道技術研究所に入所。
平和利用しかできない鉄道の研究開発に携わった。
当時の新幹線開発チームには多くの戦争経験を持つメンバーがいた。
0系新幹線には今も彼らのメッセージが込められているような気がする。
「これから平和を祈って確実に進化していくであろう日本と子供達へ」
今からおよそ50年前に込められたメッセージが今の子供達にも確実に伝わっているようだ。
0新幹線世代ではない現代の子供達に「新幹線」の絵を描かせるとどうだろう?
不思議とかなりの確率で「0系」の絵を描くのだ。
姿や色は変わっても新幹線が持つ安全や快適を求める基礎は変わっていないように、
当時の開発者が祈った平和への思いが、現代のN700系にも届いている。
2.「私たちのアルバムに」
家族旅行、夏休み、修学旅行…アルバムを開いてみると、そこには必ず0系がいた。
幼き頃、東京駅のエスカレーターを上がっていくと聞こえてくる「ゴーッ」という音。
そこには、まるで翼のない飛行機ごとく優美なスタイルの0系がいた。
すぐさまホームの端に行き、記念写真を撮ってもらう。
0系に乗れる事がすでに旅行目的だったりした。
1編成16両に1200人を載せる事のできる0系は引退までの44年間、
様々な人々の瞬間(ドラマ)に携わってきた。
JR西日本がアップした「ありがとう0系新幹線スペシャルサイト」を見ると、
そのメッセージを感じ取る事ができた。
青空の下で〜駅でくらす猫の話〜
山間に構える群馬県上信電鉄線の根小屋駅。
この駅は時間帯で無人になる駅である。
かつてここにも駅猫がいた。その名は「とら」
~2009年2月に永眠した20歳位の大往生だった猫である。
駅を利用する子供達などから可愛がられていたそうだ。
駅舎内に「とら」の存在を記す絵と写真が掲げられている。
夏の日の昼下がり、真っ青な空と山がこの駅に来た旅人を迎えてくれる。
この駅にはゆっくりとした時間が流れているようだが、
それを「とら」も感じていた事だと思うと、とても安らかな気持ちになる。
この駅は時間帯で無人になる駅である。
かつてここにも駅猫がいた。その名は「とら」
~2009年2月に永眠した20歳位の大往生だった猫である。
駅を利用する子供達などから可愛がられていたそうだ。
駅舎内に「とら」の存在を記す絵と写真が掲げられている。
夏の日の昼下がり、真っ青な空と山がこの駅に来た旅人を迎えてくれる。
この駅にはゆっくりとした時間が流れているようだが、
それを「とら」も感じていた事だと思うと、とても安らかな気持ちになる。
鉄道と猫
「犬は人に付き、猫は家に着く」と言われているほどに、
駅舎にも猫がつく事は多い。 最近では鉄道会社が
その猫を駅のマスコットにしている例がいくつかある。
(片山鉄道 吉ヶ原駅/会津鉄道 芦ノ牧温泉駅など)
その中から和歌山電鉄(貴志駅)にて駅長の任務にあた
る三毛猫の「たま」に会いにいった。 生まれたと
きから飼い猫だった「たま」は人懐っこく、またおとな
しい性格だった。 その上、捨て猫だった「チビ」
(現•同電鉄助役)を優しく迎え入れ、母である「ミー
コ」(現•同電鉄助役)がチビを威嚇しても、「たま」
が仲を取り持ち、現在の仲良し三匹の関係を作った。
(「たま」が駅長になった経緯などは
様々な媒体で紹介されているため省略)
業界で初、猫の駅長が誕生した。
「たま駅長」の人気は鰻登りで日本のみならず世界中
のメディアが取り上げた。 ちなみに「たま」は
名誉駅長ではなく正式な和歌山電気鉄道の社員で課長
職にある。
町おこし、話題作りだけの話ならここまで大きな話題
にはならなかったはず。 それは「たま」に
逢いに行った者ならわかるだろう。
恐らく「たま」自身は猫だから駅長の意味などわかっ
ていない。 だが、「たま」を初め同駅の猫
達のwelcome精神が電鉄社員、地域の人々と一体にな
っている。 利用者(相手)に対して温かい
気持ちで迎える事が鉄道事業としてなくてはならない
精神なのだ。

駅舎にも猫がつく事は多い。 最近では鉄道会社が
その猫を駅のマスコットにしている例がいくつかある。
(片山鉄道 吉ヶ原駅/会津鉄道 芦ノ牧温泉駅など)
その中から和歌山電鉄(貴志駅)にて駅長の任務にあた
る三毛猫の「たま」に会いにいった。 生まれたと
きから飼い猫だった「たま」は人懐っこく、またおとな
しい性格だった。 その上、捨て猫だった「チビ」
(現•同電鉄助役)を優しく迎え入れ、母である「ミー
コ」(現•同電鉄助役)がチビを威嚇しても、「たま」
が仲を取り持ち、現在の仲良し三匹の関係を作った。
(「たま」が駅長になった経緯などは
様々な媒体で紹介されているため省略)
業界で初、猫の駅長が誕生した。
「たま駅長」の人気は鰻登りで日本のみならず世界中
のメディアが取り上げた。 ちなみに「たま」は
名誉駅長ではなく正式な和歌山電気鉄道の社員で課長
職にある。
町おこし、話題作りだけの話ならここまで大きな話題
にはならなかったはず。 それは「たま」に
逢いに行った者ならわかるだろう。
恐らく「たま」自身は猫だから駅長の意味などわかっ
ていない。 だが、「たま」を初め同駅の猫
達のwelcome精神が電鉄社員、地域の人々と一体にな
っている。 利用者(相手)に対して温かい
気持ちで迎える事が鉄道事業としてなくてはならない
精神なのだ。

銚子電鉄
千葉県銚子に路線を持つ「銚子電鉄」
前社長の横領事件で公的支援を打ち切られ、鉄道のメンテナンスや更新もできなくなり、
国土交通省から業務改善命令がでた鉄道会社。
ここ数年の銚子電鉄の動きは皆さんの知っている通り。
昨日、ホームページ上で告知された「車両オーナー制度」老朽化した車両を置き換えるため、
伊予鉄道で活躍していた電車を4両購入する事になり、一口10万円のオーナー制度を行う事になった。
地方鉄道線で経営難になった路線は他にもいっぱいある。
それは地元の過疎化や車社会がもたらした負の遺産。
地元の人が利用しなくなり必要とされなくなった鉄道は消えていく運命だろう。
収入がなければ列車や軌道のメンテナンスもできなくなる。
そうなっては「安全という輸送の生命」保つ事ができなくなるからだ。
銚子電鉄は前社長との横領事件以来、地元民との間に深い溝ができている。
公的支援の再開もされない。現在も前社長との繋がりがあると言うものもいる。
銚子電鉄の幹部がインターネットで支援を呼びかけているが、
こんな状態でこの先も安全に列車の運行ができるのかと疑問だ。
銚子電鉄はもっと早くから地元民との信頼を回復すべきではなかったのだろうか?
「インターネットの支援呼びかけ」はまさに地元民を差し置いてのような気がしてならない。
銚子電鉄が一番やらなくてはならない事、それは「ぬれせんべい販売」でもなければ「観光促進」でもない。
「地域住民との関係回復」だ。
遠く物珍しさで来ている遠方者ではない。日頃、列車に乗るであろう地元民の事を考えてほしい。
1.鉄道はどんな人のために存在するのか?
2.安全が危ぶまれる鉄道はすでに鉄道の役目を果たせない。
鉄道が街を豊かにしていくのではなく、地元民自身が街を整形していくのだ。鉄道はあくまでそのツール。
今回の車両オーナー制度が地元民が中心になって支えていく事、
車両導入が地元民にとって嬉しいニュースである事を願ってやまない。
前社長の横領事件で公的支援を打ち切られ、鉄道のメンテナンスや更新もできなくなり、
国土交通省から業務改善命令がでた鉄道会社。
ここ数年の銚子電鉄の動きは皆さんの知っている通り。
昨日、ホームページ上で告知された「車両オーナー制度」老朽化した車両を置き換えるため、
伊予鉄道で活躍していた電車を4両購入する事になり、一口10万円のオーナー制度を行う事になった。
地方鉄道線で経営難になった路線は他にもいっぱいある。
それは地元の過疎化や車社会がもたらした負の遺産。
地元の人が利用しなくなり必要とされなくなった鉄道は消えていく運命だろう。
収入がなければ列車や軌道のメンテナンスもできなくなる。
そうなっては「安全という輸送の生命」保つ事ができなくなるからだ。
銚子電鉄は前社長との横領事件以来、地元民との間に深い溝ができている。
公的支援の再開もされない。現在も前社長との繋がりがあると言うものもいる。
銚子電鉄の幹部がインターネットで支援を呼びかけているが、
こんな状態でこの先も安全に列車の運行ができるのかと疑問だ。
銚子電鉄はもっと早くから地元民との信頼を回復すべきではなかったのだろうか?
「インターネットの支援呼びかけ」はまさに地元民を差し置いてのような気がしてならない。
銚子電鉄が一番やらなくてはならない事、それは「ぬれせんべい販売」でもなければ「観光促進」でもない。
「地域住民との関係回復」だ。
遠く物珍しさで来ている遠方者ではない。日頃、列車に乗るであろう地元民の事を考えてほしい。
1.鉄道はどんな人のために存在するのか?
2.安全が危ぶまれる鉄道はすでに鉄道の役目を果たせない。
鉄道が街を豊かにしていくのではなく、地元民自身が街を整形していくのだ。鉄道はあくまでそのツール。
今回の車両オーナー制度が地元民が中心になって支えていく事、
車両導入が地元民にとって嬉しいニュースである事を願ってやまない。
安全のために…引退車両の意思
消え行く列車は0系新幹線ばかりではない。
九州寝台特急やL特急と言われた列車達もそうだ。
今月に入って常磐線に新型車両入線一報が入った。
それは、千代田線直通仕様のE233系2000番台。
他社線区と性能を統一させた新形式が次々と現れる。
その一方で、消えていく列車がある。
新型車両に仕事の場を譲りって引退していくのだ。
鉄道には安全という基本理念があって、それが輸送の「生命」になっているのだ。
その中で鉄道は時代が進む方向にあわせていかなければならない。
時代が要求する より確実な安全を実現させるために旧型車両が引退していく。
新型車両へ受け継いでいくバトンは勇退していった過去の列車達の意思がしっかり入っているように見える。
先日、東京メトロの公式サイトを見ると新型15000系のイメージイラストが公開されていた。
ライト配置が先代の「5000系」と似ている。
東西線15000系デビュー(東京メトロ)
http://www.tokyometro.jp/news/2009/2009-29.html
九州寝台特急やL特急と言われた列車達もそうだ。
今月に入って常磐線に新型車両入線一報が入った。
それは、千代田線直通仕様のE233系2000番台。
他社線区と性能を統一させた新形式が次々と現れる。
その一方で、消えていく列車がある。
新型車両に仕事の場を譲りって引退していくのだ。
鉄道には安全という基本理念があって、それが輸送の「生命」になっているのだ。
その中で鉄道は時代が進む方向にあわせていかなければならない。
時代が要求する より確実な安全を実現させるために旧型車両が引退していく。
新型車両へ受け継いでいくバトンは勇退していった過去の列車達の意思がしっかり入っているように見える。
先日、東京メトロの公式サイトを見ると新型15000系のイメージイラストが公開されていた。
ライト配置が先代の「5000系」と似ている。
東西線15000系デビュー(東京メトロ)
http://www.tokyometro.jp/news/2009/2009-29.html
