日本は丁寧だし行き届いていると思うけれど、何か過剰な部分も多い気もしてきている。
公立公園に行けば、今日は気温が暑いから熱中症に気をつけ、水分をこまめに摂ろうという案内放送。
地震等自然災害が起きれば、ソーシャルメディアの情報は発信元や周りのみんなもそれを共有しているのかどうか、真偽を確かめましょうとかが画面上部に常に表示…これは誰向けの注意喚起なんだろうか。
TVに関してはもう相当前から、視聴者に笑ってほしいところ等、発言を文字にして画面に載せてたけれど、とにかく画面がうるさい。
こんなのはきっとみんな思っているのでしょうね。でもそれを変えることができないのも日本なのだと思います。
滞在中前後に起きた小学生殺害事件。家族内での犯行という発表があったけれど、それ以前はどこのチャンネルを合わせても同じ事件ばかり。
容疑者逮捕となってからは数日同じようだったけれど、その頃ぐらいから、もういいのではないか、情報が出過ぎではないか、という声が聞こえてきた。
中にはここまで毎日追いかけていたら、それはニュースではなくゴシップであり、人の興味、好奇心を煽って、視聴率の繋げているだけだという声もあった。TVなんてスポンサーがいなければやっていけないので当にそれなのだけれど、これなら人はテレビから離れるわ、と納得もする。
過剰すぎるから、それが当たり前になりカスハラも増える。
パースは現在も日曜日の営業に関して規制がかかっているけれど、それに文句を言う人は居る。不便だ、と。でもそれを完全に自由にしてしまったら、今度は自分たちがそこをささえるために週末就業が出てくる。経済は繋がっていると私は思うので、便利を追求した後に、不便さや不都合だと思うことが追随すると思っています。
日本人も「このぐらいでいいんだよ」と思う事象は幾らでもあるようだけれど、だからといって今あるものを変えようとする勢いがないように思う。この間のごめんなさい、じゃないけれど、相手に変化、不便を強いる事になってしまうのは申し訳ない、と。
大きく日本とオーストラリアで違うなと思ったのは、オーストラリアも物価は上がっている。それはそうしないと製造元が苦しくなるからだ。値段に転嫁される。
日本は企業努力と薄利でなるべく価格を上げないようにする、さもないとお客さんが来なくなる…と。
日本はお客様でいる限りはとても居心地のいい国。逆になると…ちょっと大変。