■東京三菱銀行消えた「156億円」預金 | ■

■東京三菱銀行消えた「156億円」預金


著者 野田敬生 

定価 1800円+税

四六並製 326頁

ISDN 4-947737-48-4


■プロローグ 殺人犯が残したサイン

 一九九三年四月、古都の街々は平安遷都一二〇〇年の記念行事
を、その翌年に控えていた。同月一五日午前一一時一五分頃、「
男性」は京都市山科区の焼き肉店に一人で訪れ、後から来た知人
三人と一緒に食事を始めた。
 約一時間半後、会食を終え、「男性」は一人で店を出た。同区
大宅烏田町の外環状線歩道上の店先に、一台のタクシーが止まっ
た。その瞬間、どういう思いが脳裏を過ぎったのだろうか。ある
いは過ぎる間もなかったのだろうか。
 「男性」が車両に乗り込もうとした時、突然、二人組の男が駆
け寄り、立て続けに短銃約一五発を乱射した。「男性」は腹部等
に五発の銃弾を受けて即死。白昼の銃撃で、タクシーの後ろ部分
に一〇発近い流れ弾が当たったが、幸い運転手や通行人は負傷を
免れた。
 「男性」は山科区西野大鳥井町に住む潮見旭氏(当時四一歳)
。京都の有力同和団体「崇仁協議会」の役員だった。潮見氏は、
「有限責任中間法人崇仁協議会」の主張によると、ちょうど旧三
菱銀行出町支店に赴く途上であったという。
 崇仁協議会では当時、旧三菱銀行に設けられた総計一五六億円
にも上るという同協議会の預金が不可解にも "消失" 。その行方
と旧三菱銀行の管理責任等をめぐって、組織内外で深刻なトラブ
ルが発生していた。潮見氏は崇仁協議会「局長」(序列第二位)
で、 "三菱銀行預金消失事件" の調査・交渉担当者だったのであ
る。
 京都府警暴対二課と山科署等は同月一七日、指定暴力団会津小
鉄系中野会組員を殺人の疑いで逮捕した。一九日には、同会の故
・高山登久太郎会長(当時)宅を殺人容疑で捜索。同年五月一三
日までに同会幹部ら計四名を逮捕したが、六月四日までに四人と
も処分保留で釈放された。事件は迷宮入りとなった。
 その約二年後の九五年八月二日のこと。第二の射殺事件が起こ
った。殺害されたのは崇仁協議会顧問の井尻修平氏(当時五九歳
)。午前一〇時四〇分頃、京都市左京区川端通春日北交差点で、
井尻氏が運転する乗用車が信号待ちで停車したところ、二人乗り
オートバイが乗用車を追い越して前方に停止。後部座席から路上
に降りた男が、乗用車運転席側のサイドガラスの至近距離から井
尻氏を狙って短銃を発砲した。井尻氏は首と腹部に二発の弾丸を
受け、間もなく死亡した。同じく前記協議会の主張によると、井
尻氏は出町支店に出向く途中だったという。
 犯行に使われたオートバイは「なにわ」ナンバー。左京区岡崎
法勝寺町の住宅地のアパート前に、一般の自転車と並べて、人目
につきにくいように放置されていた。白色と灰色の二つのフルフ
ェイスのヘルメットがハンドルの両側に置かれ、ジャンパーも残
されていた。京都府警は、犯人が周到に犯行を計画し、逃走方法
をあらかじめ決めた上で、徒歩か、車などに乗り換えて逃走した
ものと判断した。
 もっとも、二年前の事件と違って、今回は犯人が捕まった。九
五年一〇月一日、京都府警は、殺人等の疑いで、指定暴力団山口
組系山重組組員・桂正起容疑者(当時二五歳)他一名を逮捕した
。二人は、同日下鴨署に出頭してきたのである。九八年五月一日
、京都地裁は「犯行は計画的かつ凶悪で、社会に与えた影響も大
きい」として、桂被告に懲役一八年の刑を言い渡した。
 「桂正起」―。その犯人の名前は、事件発生から遡ること五年
、実に奇妙な場所にも残されていた。

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 ここに「チットブック」と呼ばれる旧三菱銀行出町支店作成の
内部記録(判取帳)がある。「2.8.10 ¥30,000,
000― 桂正起」。同資料は、平成二年、すなわち九〇年の八
月一〇日に、冒頭に触れた崇仁協議会関連預金口座の中から、当
時若干二〇歳の同人に、同行出町支店が三〇〇〇万円もの大金を
払い戻したことを示している。
 「平成7年10月2日に井尻射殺犯人とされる桂正起・阪東清
行が逮捕されたこと、チットブックに所論の記載とサインがある
ことについては、認める。」
 後日、有限責任中間法人崇仁協議会が二〇〇三年一一月一八日
に起した損害賠償請求事件(二〇〇三年(ワ)第二六三七九号事
件)で、被告の東京三菱銀行が明らかにした認否である(答弁書
六頁)。
 東京三菱銀行は九六年に三菱銀行と外為専門の東京銀行が合併
して設立された。二〇〇一年四月に三菱グループの三菱信託銀行
や信託子会社二行と統合して「三菱東京フィナンシャルグループ
」(MTFG)が発足(総資産は八八兆円で世界第五位)。同行
は他の大手銀行と比べても不良債権処理が早く、九八年に資本注
入された公的資金一〇〇〇億円を、二〇〇〇年二月に全額返済し
ていた。
 MTFGは、二〇〇四年七月にUFJとの統合方針を発表。つ
いに総資産約一九〇兆円を持つ世界最大のスーパーメガバンクが
誕生することになった。今年一〇月に予定されていた東京三菱銀
行とUFJ銀行の統合は、来年一月一日に延期されたものの、新
しい「三菱UFJフィナンシャル・グループ」は二〇〇八年度ま
でに株式の時価総額で、世界の金融グループの上位五位に入るこ
とを目指しているという。
 前記民事事件(以下、「第二六三七九号事件」という)は、九
〇年四月から同年一二月の間計二一回にわたり、崇仁協議会関連
口座から合計四億五四〇〇万円を旧三菱銀行出町支店が不法領得
したとして、そのうち一億円の損害賠償請求を有限責任中間法人
崇仁協議会が求めていたものである。同協議会の主張によると、
出町支店は、正規の通帳でも払戻請求書でもない「チットブック
なるもの」を利用するという杜撰な事務処理を行い、権限外の者
に対しても大量の預金を払戻していたという。
 もちろん東京三菱銀行は、チットブックの存在といった一部の
事実関係を除き、かかる主張についてはほぼ全面的に否認し、預
金払戻手続には何らの瑕疵もなかったとしている。
 しかしながら、である。
 射殺事件の被害者は崇仁協議会顧問。一方の加害者は、同協議
会とトラブルを起している旧三菱銀行出町支店から三〇〇〇万円
の払戻しを受けた暴力団員。「サイン」と事件発生は約五年の歳
月を隔てているとはいえ、偶然の一致とは言い難い符合だと言わ
ねばなるまい。
 連続する殺人事件の背後で一体何が起こり、どんな真相が覆い
隠されているのか。「一五六億円」もの巨額預金はどこに消えた
というのか。そもそも旧三菱銀行と崇仁協議会の間には、なぜ途
方もなく密接な関係が構築されるに至ったのか。
 その手がかりを見付けようと、私は都内から一路、京都へと向
かった。府内はもちろん全国でも最大規模といわる被差別部落―
京都・崇仁地区を訪れるためである。


■目次
プロローグ 殺人犯が残したサイン

第1章 JR京都駅前再開発
 「有限責任中間法人崇仁協議会」
 バブルの時代
 武富士の登場
 藤井鐵雄という"カリスマ"
 「七条出身」の男性
 獄中で語った理想と現実
 チョー・ヨンピル氏も招請
 一日一円請求訴訟
 京都市の回答
 地上げの目的
 国税資料が示す地上げ利益
 裏帳簿の存在

第2章 「一五六億円預金」の消滅
 出町支店に預金口座を開設
 「崇仁協議会関連口座」
 預金の激減が発覚
 チットブックの呈示
 東京三菱銀行による仮処分と訴訟提起
 元会長へのアプローチ
 木戸副支店長との関係
 不法領得の主張
 中坊公平氏所有物件も地上げ対象に
 藤井鐵雄氏との面談

第3章 チットブック
 払戻請求書を事前提出
 宛名ラベルに署名
 杜撰な事務処理手続
 日付も「¥マーク」もない銀行書類
 元銀行マンの意見書
 異例の上の異例
 「例外的措置」で約七八億円の約束手形
 謎の通し番号
 「口座から出金された形跡なし」
 居住確認
 木戸元副支店長を直撃
 金融庁の取材と行政処分
 東京三菱銀行の「コンプライアンス」

第4章 相次ぐ襲撃事件
 「ミツビシニタイスルコウゲキオヤメヨ」
 中野会VS会津小鉄から山口組ナンバー2暗殺へ
 崇仁協議会と暴力団
 流出した武富士内部資料
 「日本中のヤクザ敵に廻してもウチは闘うで」
 「藤井を崇仁地区より排除する事が必要」
 警視庁現職警部補とブローカー
 写経の日々
 「崇仁の奴にハジキでやられた」
 「そういうことにして貰ってもいいですよ」

第5章 ハンガー・ストライキ
 東京三菱銀行が全面否定する「和解」
 「当局は狙っている」
 「分派撹乱」
 「私の方はもう一切運動もしません」
 武富士占い師が名付けた「崇仁・協議会」
 「筋肉がウンコに」
 アウシュヴィッツの生体実験
 暴力団事務所の前で抗議デモ
 公安当局による情報活動
 行員自ら監視・尾行
 「エセ崇仁」
 東京三菱銀行主張の変遷

第6章 迷宮地獄
 高谷泰三・元崇仁協議会会長の話
 「百円の狂いもない」資金管理
 偽造された改印・解約念書
 高谷氏の語る抗争事件の原因
 稟議書の偽造
 「手引きしてるのは中口ですよ」
 大和銀行巨額損失事件
 どこまでが本当でウソなのか

第7章 巨大な影
 前田人脈
 TSKターミナルビル
 京都市同和行政の破綻
 多国籍企業ベクテル
 追跡調査
 元三菱銀行ベルリン駐在事務所長を直撃
 元三菱銀行幹部による三菱銀行攻略作戦
 「空飛ぶ船」と裏付証言
 OMF+会津小鉄
 消えた「一五六億円」の行方
 崇仁協議会の分裂騒動と訴訟の展開

エピローグ 崇仁の未来