
私は醜いので誰からも愛されませんでした。陰鬱な姿の私は、神にもなれず、魔にもなれず、ただ、彷徨うばかりの寄る辺ない日々。そうして、この梅の咲く山に辿り着きました。山は静かで誰もおらず、花の季節は芳しく優しく、私は初めて安寧を得たのです。
その山に清彦が訪れるのは年に一度、春の終わり。そこに誰もいない、何もないのは分かっていても、花を手向けに行く。
そのあやかしは一本の木の下に居た。払うべきかと身構えたが、悪い気配ではなかった。
春の終わり、美しい男がこの山を訪れました。男は一瞬、殺気を纏いましたが、すぐにその殺気を解き、私にたずねました。
「お前はここで何をしている?」
だから私は答えたのです。
「どこにも行く処がないから、ここにいます。綺麗な梅が咲いていましたので」
男は少し考えたのち、私に言いました。
「だったら、この山に居る間だけでいいから、少しばかり山の手入れをしてもらえたら嬉しい。ここは愛しい者の棲家だった。今は居ない。けれど、このまま荒れるのも忍びないので」
ずっとこの山に居ていいなら、それは願ってもない事でした。
「ええ、喜んで」
「ありがとう。これは強制ではない、あくまでもそちらが飽きるまでで良いので。誰ももう、この山には閉じ込めたくはないからな」
涼やかにその方は言いました。
そうして一本の木の下に花を供えます。
「墓所は所詮、遺された者の気休めでしかないけどなぁ」
そう言って笑った、その寂しげな顔がやけに心に残りました。
その方は最後まで、醜い私にも優しくして下さいました。
それから私は、山の木々が健やかに育つように心を配りました。実は私は植物の成長に関わるのが得意でありました。
梅の木々は大変に素直で、手をかけたぶん応えてくれたし、それが楽しくもあったのです。毎日が充実してあっという間に季節はうつろいました。そうして春、梅が一斉に咲いた、その美しさ。それを独り占めする贅沢。その花の盛りをあの優しく寂しげな方にもお見せしたかったと思ったのです。
花の季節が去り、楽しい春は駆け足で過ぎて、春の終わり、あの方がまた訪れました。あの方は一本の梅の木の前で目を見張りました。
新緑の山で清彦が見たのは、ただ一本、季節外れに満開の梅の花。ただ驚くばかりの彼の前に件のあやかしが進み出て「お待ちしていました」と誇らしげな顔をする。
その木のもとが彼と愛する者との別れの場所。
「この木は……?」と清彦の問いに、
「花の盛りを遅らせました。今年の梅はあまりに見事で、是非にお見せしたかったのです」
そうあやかしは返し、ちょっと笑った。思えば、一年前と、そのあやかしの様子も変わって、穏やかに福々しくなっていた。
「ありがとう。良い物をみせて貰ったよ。まさかまた、この木の満開を見る事が出来るとはね。もう自由に何処へでも行っていいよ。一年で随分と立派になったね。豊穣の神として祠くらいは作ってもらえるかもしれないな」
清彦のその言葉にあやかしは首を振る。
「いいえ、来年もまた、この季節、この木に花を咲かせましょう」
その言葉に清彦は静かに笑う。
「そうかい。俺は約束で君を縛らないけれど、ならばまたここに来る理由もあるってもんだね」
そう言って、木の下に花を供える。
「ほんとはね、こんな処には居ないんだ。居るのは俺の胸の中だ。それでも墓所に花を供える。人間って理屈だけの生き物じゃないんだよねぇ」
そう言って去ってゆく清彦の背にあやかしが声をかける。
「来年もまたこの木の下で」
梅の香りは穏やかに辺りに漂う。今が盛り、来週には散り始めるだろう。そうしてすっかり春は気配を失い、初夏の風が吹き始めるだろう。