年始に観たいガンダム映画
――『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』が描く戦争の現実

おはこんにちは、どうも僕です。
年始に観る映画って、
なぜか少しだけ「考えさせられるもの」を選びたくなりませんか。
派手で、スカッとする作品もいい。
でも、新しい年の始まりだからこそ、
静かに心に残る一本を観たくなる。
そんなときに、強くおすすめしたいのが
**『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』**です。
TVオリジナルから生まれた、特別な物語
本作の原点は、
『機動戦士ガンダム』TVシリーズ第15話
「ククルス・ドアンの島」。
当時から非常に反響が大きく、
にもかかわらず
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劇場版三部作では省略
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再構成の機会が長らくなかった
いわば、語られなかったガンダムでした。
そのエピソードを、
現代の映像技術と解釈で再構築したのが本作です。
物語のあらすじ
地球連邦軍の少年兵、アムロ・レイ。
ホワイトベースの任務中、
彼は一座礁した島へと降り立ちます。
そこは一見、戦争から切り離されたような島。
しかし、その島には
ジオン軍の脱走兵・ククルス・ドアンが潜んでいました。
ドアンは、
かつてジオンの兵士として多くの戦場を渡り歩いた存在。
今は、戦争孤児たちを守りながら、
戦いを拒み生きています。
やがて島で起きる衝突。
そして、
ドアンとアムロは敵兵として対峙することになる。
ククルス・ドアンという男
ドアンは、いわゆる「善人」ではありません。
彼はかつて、
命令に従い、多くの人命を奪ってきた兵士。
その事実から、決して逃げていない。
だからこそ、
今の彼は
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任務よりも
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勝利よりも
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国家よりも
「守るべき存在」を優先する。
戦争を捨てたのではない。
戦争の現実を、誰よりも知ってしまった男。
それが、ククルス・ドアンです。
アムロ・レイという「敵」
ドアンにとって、アムロ・レイは
ただの少年兵ではありません。
ジオン兵を数多く屠った、
地球連邦軍のエースパイロット。
もしここでアムロを倒せば、
結果として多くのジオン兵の命が救われる。
それは、軍人として見れば正しい選択です。
それでもドアンは、
引き金を引かない。
その決断は、
「優しさ」ではなく、
自分がこれ以上、戦争の加害者にならないという意思でした。
特徴的なザクの頭部デザイン
本作で特に印象的なのが、
ドアン専用ザクの異形とも言える頭部デザイン。
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大きく歪んだモノアイレール
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不均衡な装甲
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戦いを重ねた痕跡そのもののような造形
これは、
整備の行き届いた軍用機ではなく、
生き残るために使われ続けた道具としてのMS。
その姿は、
ドアン自身の生き様を、そのまま映し出しています。
「戦争」に善も悪もない
この映画が突きつけてくるのは、
とてもシンプルで、重い現実です。
戦争に、絶対的な善も悪もない。
あるのは、
互いの「正義」と、
価値観の押し付け合い。
そして、その狭間で
必ず犠牲になるのが、
戦闘に参加しない民間人。
子どもたち。
島の住民。
選ぶことすら許されなかった人々。
どこまでいっても、
戦争は悲しい現実しか生み出さない。
それを、
派手な戦闘ではなく、
静かな島の物語として描いたのが
『ククルス・ドアンの島』です。
シリーズとしてのまとめ
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』は、
ガンダムシリーズの中でも
とても異質で、とても誠実な作品です。
ニュータイプ論でもなく、
巨大な戦局の話でもない。
ひとりの兵士の選択。
ひとつの島で起きた出来事。
それだけで、
ガンダムという作品が
何を描こうとしてきたのかが、はっきり伝わってきます。
年の始まりに観るからこそ、
心に残る。
そんなガンダム映画です。

