日本を性奴隷国家にさせた朝日新聞、社民党と共産党 -201ページ目

日本を性奴隷国家にさせた朝日新聞、社民党と共産党

吉田清治の慰安婦捏造記事「私の戦争犯罪」を検証せずに、16回も報道した朝日新聞。32年後に訂正しても、河野談話で、日本は性奴隷国家。

恩を仇で返す韓国を手助けし、会社が傾いた明星食品。自業自得

 

 1人あたりのインスタントラーメン消費量が世界一の韓国。多種多様な商品が流通しているが、韓国内で最初に登場したのは、元祖である日本のチキンラーメンが登場してから5年後の1963年に発売され、今も根強い人気を保っている三養(サミャン)食品の「三養ラーメン」だ。三養ラーメン誕生の背景には、三養食品と日本の明星食品の創業者2人の運命的な出会いがあった。初対面でありながら、明星食品から三養食品に、無償で製造技術が提供されたばかりでなく、企業秘密ともいえる原料の配合表(レシピ)まで伝えた。そんな常識ではありえない交渉が実現できた背景には何があったのだろうか。(張英壽)

 

韓国人にも知られていない歴史

 三養食品は自社のホームページ(HP)で、明星食品から技術導入したことを明らかにしているが、韓国の人々はこの事実を知っているのだろうか。韓国語がそこかしこで聞こえる大阪・ミナミの道頓堀(大阪市中央区)で、韓国人に聞いてみた。

 「三養ラーメンはあまり辛くない味が好きだけど、そんなことがあったとは知らなかった」と、釜山市の男性会社員、金●(=日へんに文)奎(キム・ミンギュ)さん(25)。ソウル市の男子大学生、金先真(キム・ソンジン)さん(22)も「そんな歴史は知らない」という。

 ソウル市の男性会社員、金閔謙(キム・ミンギョム)さん(28)は「今はさまざまなインスタントラーメンがあり、三養ラーメンも食べますが、日本から技術が伝わったとは知らなかった」と話した。

 三養ラーメンは、激辛麺が席巻している韓国の即席麺市場にあって、あまり辛くない味が特徴。激辛が好きな人には物足りないかもしれないが、定番の即席麺としてファンは多い。だが、韓国の若者の多くは、この三養ラーメン誕生の背景に、日韓協力があったことを知らないようだった。

 一方、年配層では、知っている人もいた。

 

「日本からの技術導入は知っていた」と話した釜山市のスーパー経営の60代男性は「日韓の間には、政治的にはいろいろなことがあるが、人と人との関係にはいいこともある」と感想を語った。ただ、男性は無償で技術提供されたことは「知らない」と話した。

 

当時は世界最貧国、食糧問題解決策として

 日本の明星食品から無償で技術提供を受け、三養ラーメンを開発したのは三養食品創業者の故全仲潤(チョン・ジュンユン)名誉会長(1919~2014年)だ。

 三養食品のHPでは、インスタントラーメン開発を思い立った経緯をこう記している。

 「今でこそ軽い食事としてインスタントラーメンは食べられているが、1963年に三養ラーメンが初めて登場したとき、国内はまだ空腹に苦しむ人が多かった。全会長は60年代初め、(ソウルの)南大門市場を通りがかった際、人々が、一杯5ウォンの残飯がゆを食べるために長い列をつくっていたのを目にし、庶民の空腹を解決しなければならないと決心した」

 60年代初めの韓国の1人あたりの国内総生産(GDP)は100ドル台前半。2015年(2万7222ドル)の200分の1以下で、当時は世界最貧国の一つだった。三養食品によると、かゆは米軍部隊の残飯を使ったものだったという。現在の韓国からは想像もできない光景だ。

 さらにHPは次のように続く。

 「全会長はかつて日本を訪れたときにインスタントラーメンを食べたことを記憶しており、苦悩の末、食糧問題を解決できる唯一の道と考えた。政府を説得し、なんとか5万ドルを借り、日本の明星食品から機械と技術を導入し、ついに1963年9月15日、国内で初めてインスタントラーメンが発売された」

 明星食品の技術提供は無償。そのうえ三養食品に重要な原料の配合表(レシピ)さえ教えた。

 

続き ⇒ http://www.sankeibiz.jp/business/news/161224/bsc1612241611001-n3.htm