村山美知子(むらやま みちこ、1920年8月16日 - )は、現朝日新聞社社主。元朝日新聞社社長村山長挙の長女。兵庫県出身。
植村 隆(うえむら たかし、1958年4月28日-)は、韓国のカトリック大学校招聘教授、元朝日新聞社社員。朝日新聞記者時代の1991年8月11日(下記:朝日新聞大阪版)と12月25日に行った慰安婦問題に関する誤報を配信。
元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く。
日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表、十六団体約30万人)が聞き取り作業を始めた。同協議会は、10日、女性の話を録音したテープを朝日新聞記者に公開した。
テープの中で女性は「思い出すと今でも身の毛がよだつ」と語っている。体験をひた隠しにしてきた彼女らの重い口が、戦後半世紀近くたって、やっと開き始めた。
尹代表らによると、この女性は、68歳で、ソウル市内に一人で住んでいる。(中略)女性の話によると、中国東北部で生まれ、17歳の時、だまされて慰安婦にされた。
2、300の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。慰安所は民家を使っていた。5人の朝鮮人女性がおり、一人に一室が与えられた。
女性は「春子」と日本名を付けられた。一番年上の女性が日本語を話し、将校の相手をしていた。残りの4人が一般の兵士2、300人を受け持ち、毎日3、4人の相手をさせられたという。
「監禁されて、逃げ出したいという思いしかなかった。相手が来ないように思いつづけた」という。また週に一回は軍医の検診があった。
数ヶ月働かされたが、逃げることができ、戦後になってソウルへ戻った。結婚したが、夫や子供も亡くなり、現在は生活保護を受けながら、暮らしている
2014年12月23日:朝日新聞社は、上記記事について、下記訂正文を掲載(日本語のみ)
『記事の本文はこの女性の話として「だまされて慰安婦にされた」と書いています。この女性が挺身隊の名で戦場に連行された事実はありません。前文の「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」とした部分は誤りとして、おわびして訂正します。』

